- Someone else like me -



自分には無理だと、気付くのが少し遅過ぎたのかもしれない。
振り解くことができないほど強い力で掴まれた二の腕を引かれ、強引に連れていかれそうな体を何とか踏み留まろうと、南央(ななか)は懸命に足掻いた。
「ごめんなさい、やっぱり俺……」
力では到底敵いそうにない相手に、前言を撤回するべく優柔不断さをアピールしてみても、南央の腕を掴む手の力は強まるばかりだ。
終電も近い人の疎らな駅前では、あまり騒げば目立ってしまいそうで、警察を呼ばれるような事態だけは避けたいと思っている南央としては強く抵抗することもできなかった。
「今更そういうことを言うなよ、金が要るんだろ?」
「でも」
痛いほどに掴まれていた腕が、不意に楽になる。頭上にかかった影を南央が見上げたのと、涼しげな声が降ってきたのはほぼ同時だった。
「悪いけど、僕が先約なんだ」
夜更けだというのに、淡い色のスーツをきちんと着こなした若い男が、南央を庇うように諍いの間に身を挟む。成長期真っ只中の南央が軽く隠れてしまうくらい、高さも広さもある背中だ。
「なっ……後から来て何言って……」
南央を横取りされそうになって激高する男は、体格はそう大きくはないが見るからに短気そうで、その風貌に見合った荒い声を上げた。
「僕が来るのを待ちきれなかったらしくてね、勘弁してくれないか?」
穏やかでいて有無を言わせない雰囲気に圧倒されたように、最初に南央に声をかけた男は何言か悪態を吐き捨てて、悔しげに去ってゆく。それを見送ってから振り向く救世主は、後姿から想像していた以上に整った顔をしていた。
「余計なことをしてしまったかな?」
心なしか咎めるような響きの籠められた声が、南央に向けられる。
自分の置かれた状況も忘れて見惚れていた南央は、その意味を把握するのに随分かかってしまった。
「あ……いえ。すみません、助かりました」
どの辺りから見られていたのか定かではないが、南央が通りすがりの男に金銭目的でついてゆこうとしていた(少なくとも一度は了承した)ことを見抜かれているのは間違いなく、そう気付くと不意に恥ずかしさが込み上げてきた。



「まだ近くにいるといけないから送るよ。もう遅いしね」
「え、と……」
このまま帰るわけにはいかない南央の事情を話すべきか迷っているうちに、親切な相手は誤解してしまったようだった。
「僕が一緒だと心配なら、タクシーを呼ぼうか?」
「そうじゃなくて……俺、今日は友達の所に泊まることになってて……」
「泊まる場所を探していたということ?」
訝るような口ぶりは、助けに入ったことを後悔されているからのようで、だからといって否定するわけにもいかず、南央は正直に答えるしかなかった。
「それもだけど、お金が要るのも本当なんです」
「まさか、家出じゃないだろうね?」
「違います。一度帰らないと言ったのを、やっぱり帰るとは言いにくい家なんです」
決して嘘を吐いているわけではなく、家庭での南央の立場はかなり微妙なのだった。たぶん、今日初めて会ったこの男に対してより、家に居る時の方がよほど神経を使っていると思う。
その切実さを感じ取ってくれたのか、男は仕方なさそうにではあったが、南央の話を聞いてくれる気になったようだった。
「あまり簡単に済ませられる話ではなさそうだし、場所を変えようか?きみ、食事もまだってことはないかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
「じゃ、どこがいいかな……僕が一緒なら補導されるということもないとは思うけど……」
南央に意見を求めているというよりは思案しているような素振りに、自分でも驚くような言葉が口をつく。
「あの、あなたの家とか、行っちゃダメですか?」
いくら親身になってくれているとはいえ、さすがに南央の思いつきは顰蹙を買ってしまったようで、暫く絶句されてしまった。
「知らない男の家に、そんな簡単に行かない方がいいと思うよ?」
断り文句なのか、本気で心配してくれているのか、判断に苦しむ表情を南央に向ける。それを自分の都合の良い方に取って、南央は“知らない”と言われないようにすることにした。



「俺、芝 南央(しば ななか)って言います。晴嵐(せいらん)の2年で……えっと、プロフ見てもらった方が早いかな」
ポケットから携帯電話を取り出して操作する南央の手元を、指の長い大きな手のひらが遮る。
「会ったばかりの相手に個人情報を晒すのは良くないよ。僕がいい人とは限らないんだから」
「でも」
少なくとも最初に声をかけてきた男とは違い、喜んでついて行きたいと思う。きちんとした外見もそうだが、優しげで良識的な雰囲気は南央に警戒心を抱かせず、寧ろこれ以上理想的な相手はいないのではないかという気にさせられた。それに、今から場所を変えて別の相手を探すのは、未成年の南央には極めて困難だという切羽詰った事情もある。
だから、何とか近しくなりたいと思うあまり自分の都合でしか考えられなくなってしまっていて、苦笑する相手がこのとき南央に誰かを重ねて見ていたことなど気付くはずもなかったのだった。
「……時間も時間だし、今日は泊めてあげるよ。でも、一応断っておくけど、僕はさっきの男のような下心があって声をかけたわけじゃないから」
縋るように見つめる南央に根負けしたのか、ついに相手が折れる。それでも、余計な期待をさせないよう、南央は対象外だと念を押すことを忘れていなかった。
「泊めて貰えるだけでも助かります。ほんと、ありがとうございます」
「今更放り出すわけにもいかないからね」
不本意、言わんばかりの口調でも、今夜の居場所と付け入る隙を与えられたのは確かで、それだけでも今の南央には満足だった。
「僕は身分証明をしておいた方がいいだろうね。写真が入ってる方が信憑性があるかな?」
スーツの上着から取り出されたカードは社員証で、南央の方へと差し出された。何となく、手に取るのはいけないような気がして、小さな文字を覗き込む。
「清水俊明(しみず としあき)さん?」
「そうだよ。勤務先を知られている相手に悪いことはできないから安心していいよ」
「そんな、俺、別に……」
寧ろ、してくれなくては困ると思っているのに。
勤務先と名前を教えた理由が潔白の証明のつもりだとしても、逆手に取れば、万が一の場合にも責任を取るという意思表示だと取れなくもない。
不埒な考えを遮るように声がかけられる。
「いつまでもここにいても仕方がないし、とりあえず行こうか?僕もあまり遅くなると明日に差し支えるからね」
それほどの距離はないのか、タクシーを使うと南央が不安がると思ったのか、歩いて行くことになったらしかった。



隣に並ぶと、まだ160センチに届き切らない南央がかなり見上げなければならないくらい、相手の背は高かった。
「歩きながらする話じゃないかもしれないけど、何か事情があったの?」
嫌なら答えなくても構わないというような柔らかな問いかけは南央を安心させ、逆に話してしまたい気持ちにさせた。
「授業料を失くしてしまって」
「授業料って引き落としになってるんじゃないの?」
疑っているという風ではなかったが、言い訳がましく聞こえてしまうのは当然で、南央は簡単に経緯を説明する。
「口座に振り込むようにって現金で預かってたんです。今週中に入れておかないといけなかったから帰りに寄ろうと思って学校に持って行ってたんだけど、ATMに行った時には無くなってて……」
親から預かった授業料は放課後に振込みに行くつもりで学校に持って行っていたのだったが、いざATMに並んで鞄を開けた時には、現金を入れてあった封筒の中身だけが失くなっていた。
無駄と思いながらも、鞄も家も隈なく探し、学校に戻って落し物も調べて貰ったが、南央の授業料は見つからなかった。期限まではあと2日しかなく、いっそ援交でもしようかと思い詰めてあちこちウロウロした挙句、適当に乗った電車を何となく降りたところで、最初の男に声をかけられたのだった。
「家の人には話してないの?」
当然の問いに、南央はこんなことになっている一番の原因を明かす。
「うちの親、再婚したばっかだから、こんな話はしたくないんです」
義母とはまだ、お互いに気を遣い過ぎてギクシャクしているような状態で、金銭的な迷惑をかけることには抵抗があった。そうでなくても、若く初婚の義母は南央との関わり方に戸惑っているようなところがあり、ヘタに相談すれば、失くしたのが本当かどうかということから悩ませてしまうに決まっている。こんな時に限って血の繋がった父も海外出張で、相談することも出来ずにいた。
「まさか、それで援交しようと思ったとか言うんじゃないだろうね?」
「その通りなんですけど」
驚いたのか、或いは呆れたのか、少し大げさなリアクションが返る。
「どうしてそう短絡的なのかな……相手は大人の男だよ、何をされるかわかってるの?」
「まあ、大体は……俺、女子には興味ないし」
無鉄砲なりに、あわよくば自覚して間もない自分の性癖の確認もしたいという好奇心も、若干ながら存在していた。



「だからって、見ず知らずの男といきなり二人になるのは危ないよ。相手が悪ければ命に関わるかもしれないし、もし写真やビデオでも撮られたら脅迫される可能性だってあるんだよ?」
優しげだった男の突然のきつい口調は、浮かれ気味だった南央を現実に戻させる。
「そこまで考えてなかったけど……興味もあったし、お金になったら一石二鳥かなって……」
できれば、隣を歩く男がその相手になってくれたらと、今も思っている。
「いくら必要なの?」
「え……と、授業料は5万だけど……」
もちろん、それを一晩で貰えるとは思っていない。回数か人数をこなさなければ到達しないことはわかっているつもりだった。だからこそ、焦って苦手なタイプについて行きそうになってしまっていたのだから。
「それは、“ジャマをした責任”を取って僕が払うよ」
「でも……」
気が変わって南央を買う気になったのなら大歓迎だが、そうでないことは尋ねなくてもわかりきっている。
「きみがまた怪しげな男に引っ掛かるかもしれないと思うと、僕も寝覚めが悪いしね」
「それなら、清水さんが俺のこと買ってください」
いちかばちかで言い切った。
ちょうどマンションのエントランスを入ったところで、ここで帰れと言われたら南央は途方に暮れてしまうが、相手にとっては断る最後のチャンスかもしれないとも思った。
案の定、その場で足を止めた相手は、困惑しきった顔を南央に向けた。
「そういうつもりじゃないと言ったはずだけど」
「でも、お金だけ貰うっていうのもおかしいでしょう?」
施しを受けるのはプライドがどうとかいったような殊勝な気持ちはない。ウリをしようと思った時点で、自分が最低の部類の人間の仲間入りをしたも同然だという自覚はあった。
返事をくれるまでの間はひどく長く感じられて、かなり苦痛だったが、急かすことはできずにじっと待つ。
「……わかったよ。それなら、食事とか買い物に付き合ってもらうというのにしようか?」
それが最大の譲歩なのだろうということは伝わってきたが、それではますます相手の負担になるような気がする。
「それじゃ、清水さんには何もメリットないでしょう?」
「そんなことはないよ。ただ会って話すだけっていうようなパターンもあるって聞いたことあるし、僕はそれにしておくよ」
どう考えても南央に花を持たせる形を取ってくれただけに違いなかったが、これ以上難癖をつけるようなことは言えなかった。




部屋に着くと、家主は南央を振り向き、思案するような表情を見せた。
「こういう場合は何て呼べばいいのかな?」
呼称に迷っているようだと気付いて、南央は他人行儀な呼び方をされないよう、愛称を答える。
「ナナでいいです。みんな、そう呼ぶし。お邪魔します」
軽く頭を下げて玄関を上がると、リビングらしい部屋の方ではなく、廊下の右手のドアの方を指し示された。
「それじゃ、ナナ?先にお風呂を使っておいで。もう遅いし、早く休んだ方がいいよ」
「ありがとうございます。でも、俺は清水さんの後でいいです」
「僕も“俊明”か“俊(とし)”でいいよ。きみの着替えとか寝る場所を用意しておくから、気を遣わないで先に入っておいで」
「すみません、俊明さん。お先です」
おそらく相手の半分ほどの年齢でしかない南央が馴れ馴れしい呼び方をするのは良くないだろうと思ったのだったが、少し驚いたような顔で見送られる。
別な方で呼び直してみようか迷ったが、時間が遅くなるほどに俊明の迷惑になると思い、入浴を優先させることにした。
まだ、玄関と洗面、風呂場しか目にしていないが、俊明以外の誰かの気配や名残のようなものは感じられない。南央が鈍いのでなければ、俊明は今のところ家に呼ぶような相手はいないということのようだ。
なるべく急いで風呂を上がり、用意されたパジャマを身に付けてゆく。俊明のものらしいそれは、南央がもう一人入れそうなほど大きかった。
まだ少年期ということもあって南央はかなり華奢な方だったが、こんな風に大人の服を借りると、それを顕著に思い知らされてしまう。自分でも、これでは対象に見て貰えないのも仕方ないなと、鏡を見ながら納得してしまった。
気持ちを切り替えて、入り口のドアを開けたままのリビングへと移動する。
「すいません、お先でした」
「どうぞ。パジャマ、やっぱり大き過ぎたようだね。違うのを出した方がいいかな?」
心なしか、俊明の眼差しは南央を通り越えてどこか遠くを見ているような気がする。他の衣類をと考えてくれているのかもしれないが、俊明のものを借りるのなら、どれを着ても同じことではないのだろうか。
「全然大丈夫です。俺の方こそ、迷惑をかけてすみません」
「最初にお節介をしたのは僕だから気にしないで。きみの寝る場所だけど、ソファを使って貰って構わないかな?ベッドになるタイプだから寝心地は悪くないと思うんだけど」
「ありがとうございます、俺はどこでもいいです」
「あと、飲み物は冷蔵庫に入ってるから適当に飲んで?眠くなったら、遠慮しないで先に休んでいいからね」
まるで親戚の子供を預かっているみたいに、俊明は南央を気遣ってから、リビングを後にした。



思っていたよりも俊明は長風呂で、用意されたソファベッドに腰掛けていると眠気が襲ってくる。
引き込まれそうな睡魔をやり過ごすために、明るめの色合いで統一された部屋を観察したり、時折ストレッチをしたりしながら主が戻るのを待った。
「……まだ起きていたの?」
少し驚いたような声音は、南央に寝ていて欲しかったということだったようで、今更ながら、面倒な事態を避けるために俊明が態と長湯をしてきたのかもしれないことに気付いた。
「あ、あの。俺、明日は何時に起きたらいいですか?俊さん、お仕事ですよね?俺もそれまでに出ないといけないでしょう?」
さっきと呼び方を変えたことに気付いていないのか、そもそも気にする必要がなかったのか、俊明の反応は特になかった。
「僕は7時半頃に出るつもりだけど、どうかな?」
「大丈夫です。そしたら、6時半くらいに起きたらいいですか?」
「いいんじゃないかな?あ、朝はご飯とパンのどっち?好き嫌いはある?」
「特に食べられないものはないし、どちらでも大丈夫です。すみません、朝ご飯の心配までかけてしまって」
「ついでだから気にしないで。他に急いで話しておかなければいけないことがなければ、もう寝た方がいいと思ってるんだけど?」
眠るよりも、たくさん話して相手のことを知りたいとか、できれば南央にも興味を持って欲しいとか思っていたが、睡眠を優先させたいというようなことを言われると、引き止めにくくなってしまう。
「あの、次はどうしたらいいですか?朝はあまり時間がないだろうし、先に決めて貰ってもいいですか?」
「ああ、そうか。きみを“買った”んだったね」
思い出したような言い方に、もしかしてこれきりにされるところだったのかと心配になった。
「先にきみの都合を確認しておいた方がいいかな?」
「俺は放課後と休日ならいつでも……あの、会うの一回だけってこと、ないですよね?」
「僕はそのつもりでいたけど、授業料以外にも必要なの?」
「そうじゃなくて、一回会ったくらいで5万ってぼったくりでしょう?」
「そんなこと気にしなくていいのに。きみは何回会えば納得するのかな?」
ただ貰うだけでは南央が気にするという配慮から会う約束をしたものの、本心では関わり合いたくないと思っていたのだろう。やはり、南央から積極的にならなければ、俊明との関係を進展させていくことは無理らしい。



「一回5千円として10回?それでも高過ぎると思いますけど」
相場は知らないが、ウリでも1万5千から2万と聞いたことがあるのに、ただ会って食事するだけなら(しかもその料金も相手持ちだというのに)、5千円でも貰い過ぎだと思う。
けれども、相手にとっては南央と会う方が負担なようで、それを10回と言われて困惑したようだった。
「 そんなに長期になるとは思っていなかったよ。もう少し短くなるよう交渉したいところだけど、今日はもう遅いし、詳しいことは次に会ったときに決めようか?もしきみの都合が良ければ、木曜なら7時くらいには仕事が終わってるけど?」
「じゃ、明後日っていうことでいいですか?」
「きみが良ければ」
「俺も大丈夫です。またここに来てもいいですか?」
「外で食事をする約束じゃなかったかな?」
部屋に入れれば南央が良からぬことを考えるとでも思っているのか、俊明の態度は頑なだ。俊明の警戒心を緩めさせるためにも、何とか長期戦にしなければと改めて思った。
「じゃ、ケーバンだけでも教えてください。あと、名刺も貰っていいですか?俺、社名だけじゃ、どこにあるのかもわからないし」
せっかく知り合えた理想的な相手をこのまま逃したくないという思いが先走ってしまい、つい追い詰めるような言い方をしてしまう。
「なんだか、脅迫でもされそうな雰囲気だね」
冗談というよりは牽制するような返事をしながら、俊明は名刺を取ってくるために一旦部屋を出て行き、少し厳しい表情で戻ってきた。
「名刺を渡す前に断っておきたいんだけど、会社に来るとか電話をかけてくるとかいうのは困るよ?」
「わかってます。ちゃんとつき合ってくれたら、そんなことする必要ないし」
「きみは世間知らずなのか、しっかりしているのか、判断に迷うよ」
口元は辛うじて笑みの形を作っているが、おそらくは非難されているのだろう。
番号とアドレスの交換を済ませると、南央の要求は一通り叶えられたことになった。俊明は、責任は果たしたと言いたげに、早くその場を離れたそうな素振りを見せる。
「もういいかな?いい加減寝ておかないと、僕の方がもたないよ」
「はい、ありがとうございました。おやすみなさい」
俊明はちっとも眠そうには見えなかったが、これ以上心象を悪くしないために、南央は素直に頭を下げた。




朝食を済ませて一段落してから、俊明がテーブルに置いた授業料分の現金を、南央は受け取らなかった。
「ありがとうございます。でも、学校に持って行って、また失くなったら困るから」
もし学校で盗難に遭っていたのだとしたら、また狙われる可能性は高いと思う。
それは勿論本音に違いなかったが、南央が現金を断ったのは、その心配とは別の理由があったからだった。
「今からじゃ家に帰る時間はないかな?」
「帰れないこともないけど、お義母さんが変に思うだろうし……俊さんに振込みに行って貰うのは無理ですか?」
不躾は承知で尋ねた。
現金を受け取って俊明の気がかりが解消されてしまえば、もう南央と会ってくれないような気がして、保険をかけておかなければという思いが働いたからだ。
もし、昨夜渡された名刺が本物ではなかったり、携帯の番号やメールアドレスが嘘だったりしたら。疑い出したらキリがないが、会わないわけにはいかない理由を作っておきたかった。
「……行けないということはないけど」
返事に迷う俊明が何を思ったのかはわからないが、詐欺のようだと懸念されるのは今更のはずで、疑うなら、授業料を失くしたと言った時点で怪しまれていたはずだと思う。
「じゃ、通帳、預かっててください。明後日会うまで」
「……他から振込みがあれば変に思われると心配するのもわかるけど、気安く他人に預けるようなものじゃないと思うよ」
「いえ、授業料のためだけに作った口座だから残高も殆どないし、気にしないでください。それより、厚かましいことをお願いしてすみません」
どう言えば断りづらくなるだろうかというようなことばかり考えていた南央の思いを汲み取ってくれたのか、今日も結局は俊明の方が折れることになった。つくづく優しい人だと思う。この人が南央と恋をしてくれたら、きっと幸せだろうと、逃がしたくない思いが強くなる。
次に会うまでに、もっと確り攻略法を考えておこうと、南央の野望は膨らんだ。





南央の望みの一端は、二度目に俊明に会った日に叶えられた。
食事を摂った店でも、人目も憚らず頻りに口説くようなことばかり言ってしまう南央に辟易した俊明は、外でしか会わないという考えを改める気になったようで、自分の部屋へ連れて来る方がまだマシだと思い直したようだった。
最初に足を踏み入れた時にも思ったが、俊明の住居は独身男性が一人で住んでいるにしては広く、生活観はあるのに片付いていて掃除もされている。泊まった翌朝に食事の用意をする俊明の手際の良さを目にした時にも思ったが、もしかしたら、家事に不慣れな義母よりよほど主婦らしいかもしれない。
勧められるまま先にソファに腰を落ち着けた南央から、俊明は少し距離を置いて、疲れた素振りで腰を下ろした。
「……どうやら僕は離婚すると男の子を拾うことになっているらしくてね」
南央の熱意に観念したのか、俊明は南央が知りたいと思っていたことを察したように話し始めた。それは、少なくとも二回以上の離婚暦があるのだということよりも、南央にも可能性があるという意味に聞こえて、俄かに期待が膨らんだ。
「じゃ、俊さん、男も大丈夫ってことですよね?」
率直に尋ねる南央に、俊明は苦笑しながら、明確な答えを回避した。
「どうかな……前につき合っていた人は例外というか、中性的な感じだったからね。いかにも男っていう感じの人は無理かもしれないな」
「俺って、いかにも男って感じですか?あんまり言われたことないんだけど……あ、これから男っぽくなるってことですか?」
声が変わり、身長が伸びて骨格がしっかりしてきたように、やがて体毛が濃くなり髭が生えたりするようになるのだろう。俊明が女性寄りの容姿を好むのなら、今はボーダー内にいるとしても、これからどんどんタイプから外れてゆく南央を敬遠したくなる気持ちも理解できる。
「きみも外見はどちらかといえば中性的だと思うよ。成長期といっても、もうそんなに極端な変化はないだろうしね。個人的な好みを言えば、きみのように“可愛い”と“綺麗”の中間くらいの顔がタイプだし、少し細すぎる体つきもいいなと思うよ」
半ば開き直ったように告げられる言葉に、望みを持つなと言う方が無理だと思う。
コーヒーは飲めないと言った南央のために買ってくれた微炭酸のペットボトルを傾け、気を落ち着かせようと試みる。
もっと慎重にならなければと思うのに、逸る気持ちは抑えられそうになかった。



「それなら、サポとかいうんじゃなくて、俺とつき合ってくれませんか?」
「……簡単に言うね」
南央がそう言いそうなことくらい容易に想像がついたはずなのに、俊明は 難しい顔をする。
「だって、俺もタイプの範疇なんでしょう?」
「きみは明快でいいね。僕は前の人で懲りたというか……少し臆病になっているのかもしれないけど」
前の相手とはあまり良いつき合いではなかったのかと思ったが、俊明の表情に恨みのようなものは見当たらず、強いて言えば未練に近いものが窺えた。
ふと、勢い込んで口説く前に、一番大切なことを確認していなかったことに気付く。
「俊さん、もうつき合ってる人がいるんですか?」
「今はいないよ。誰かと深くつき合う気にはなれなくてね」
付け足された一言で、これまでの俊明の態度の微妙さに納得したような気がした。だからといって、このまま引き下がって機会を待っていたのでは、他の誰かに持っていかれてしまうに決まっている。
「俺、次の人が決まるまでのツナギでもいいし、軽いつき合いでもいいです。つき合ってくれるんなら、もうしつこくしないし、俊さんが前の人を忘れるまで待ってます」
思い余ってイタイほどの言葉を並べ立てた南央に、俊明は呆れもせず真面目に答える。
「……僕のことを何も知らないのに、そんなことを言って大丈夫かな?」
「初対面の俺に5万も払ってくれて、何の見返りも要求しないし、こんないい人はいないと思います。もし、騙されたとしても、悔いはないです」
素直に答えたつもりが、俊明は気を悪くしたのか、語調まで厳しくさせた。
「僕は逆の心配をしているんだよ。僕はつき合った人のことは好きになってしまうからね。僕が本気になったとき、きみは責任を取ってくれるのかな?」
「責任って、どういう……?」
まさか男同士で籍を入れるとかいうようなことを言い出す気ではないだろうかと、ほんの少し身構えてしまった。
「興味本位じゃなく、ちゃんと僕の本気につき合える?思っていたのと違ったとか、やっぱりこんなおじさんは嫌だとかいうことにならないかな?」
「遊びじゃないっていうこと?俊さんが構わないなら、俺もその方がいいです。俺、最初は優しい年上の人がいいって思ってたし……」
思わず顔を赤らめた南央は“本気”の意味を取り違えていたようで、すかさず俊明に訂正されてしまう。



「誤解があるようだからハッキリ言っておくけど、きみが卒業するまでは“清いおつき合い”だよ?」
至極当たり前、という態度に、南央は思わず不満の声を上げた。
「ウソ……あと、2年近くあるのに?」
「きみは僕を犯罪者にしたいのかな?未成年者と性関係に至ったら、“真摯な交際関係”であっても罪に問われる場合があるようだからね。特に、同性間では“結婚を前提としない”と取られかねないし、きみの親に訴えられたら僕は逮捕されてしまうんだよ?」
青少年保護育成条例に定められた、いわゆる“淫行”とみなされれば、たとえ双方の合意のうえの行為であっても罰せられてしまう。ずいぶん固い性格の俊明には、そんなリスクは冒せないということなのだろう。
「……じゃ、それは保留でいいです。つき合ってくれることになっただけでも、すごいことだと思うし」
「保留じゃなくて延期だよ?」
「どっちでもいいです、俺には同じことだから」
とりあえず、つき合うことを最優先に考える南央には、俊明の慎重さが“2年後もつき合っている”という前提で話しているからだとは気付けなかった。
「わかってもらえてよかったよ。早速だけど、いくつか尋ねてもいいかな?つき合っている人の住所も知らないというわけにはいかないしね」
初めて俊明の方から南央に興味を示されたことが単純に嬉しくて、深く考えずに最寄の駅と住所を告げる。
あの日、学校帰りに適当に乗った電車は南央の利用している路線ではなく、俊明の所から家に帰るには2駅戻って乗り換えなくてはならず、少し不便な位置関係にあった。
「思っていたより遠いんだね。それに路線も違うし、遅い時間に一人では帰せないな」
「大丈夫です。慣れてるし、男だし」
「だめだよ、きみには前科があるからね」
早速の過保護ぶりに驚きながら、ささやかな意地悪を思いつく。
「じゃ、遅くなったら泊めてください。朝帰る方が安心でしょう?」
「……そうだね。送って行くか、泊めるかするのが一番だろうね」
南央の想像と違い、俊明は泊めることには抵抗がないようだ。
「外泊は許されてるんだったね?こんな急でも大丈夫かな?」
今後のつき合いで遅くなった場合の話ではなく、今夜も泊める気になっている俊明に、軽い冗談のつもりだったとは言えず、携帯電話を持って立ち上がる。
「家に電話してみます」
おそらく親には反対されないだろうが、場所と相手をどう告げるかを迷いながら窓辺へと移動する。頭の固そうな俊明の前で嘘を吐くわけにはいかないし、本当のことも言えない。
つき合いが続くなら、追々無難な言葉で俊明のことを知り合いだとか恩人だとか適当な言葉で説明するとしても、今は知り合ったばかりの倍ほども年上の男の所に泊まると事実を告げて面倒なことになるのは避けたかった。




結局、南央は少し狡い、義母への“お願い”で乗り切ることにした。
「……南央です。ごめんなさい、急だけど、今日、泊まってもいい?うん、遅くなっちゃったし……うん、明日はそのまま学校に行くから……うん、うん。大丈夫。じゃ、おやすみなさい」
いわゆる猫撫で声に近いトーンで、淀みなく、思惑通りに会話が進んだことにホッと息を吐いて、俊明を振り向く。
「泊まってもいいそうなので、お世話になります」
「今のは新しいお母さん?」
複雑な表情の訳はわからず、尋ねられるままに答える。
「そうですけど、もしかして、疑われてるんですか?」
「そういうんじゃないけど、意外と甘えるのが上手そうで驚いたというかね」
慎重に、その意味を解析しようと思ったが、じっと見つめられていては考えていることなど見抜かれてしまいそうで、已む無く正直に答えることにした。
「親孝行の一種というか、新しい義母と仲良くなるための手段なんですけど……家の電話じゃなくて携帯にかけるとか、父より先に話すとか、ささいなことでもメールしておくとか、すごく喜んでくれるから」
俊明の傍まで戻った南央の腕が引かれ、隣へと座るように促される。どうやら、“清い交際”はスキンシップ禁止というわけではないようで、大きな腕に包まれるように肩を抱かれた。
「あまり上手くいってないのかと思っていたけど、そういうわけでもないようだね」
「上手くやってるつもりなんだけど……うち、父の浮気が原因で離婚して、その相手とすぐに再婚したから、義母は俺にすごい気を遣ってて……最初はそれで却ってやりにくかったっていうか。だから、俺の方から友好的な感じにしなきゃって、ちょっと無理したりして」
「ナナはその人を好きじゃないの?」
「ううん。優しいし、美人だし、若いし、文句つけるトコないくらい。ただ、最初に良い子ぶり過ぎたぶん、ちょっと気疲れしてしまうことがあって」
「気を遣っているのはナナも同じだね」
「だって、俺、本当の母親には捨てられちゃったから、その人と仲良くなれないと困るんです」
「え……?」
「離婚の原因が父の浮気だったから母は男嫌いになってしまったみたいで、姉と妹を連れて、俺だけ置いて行っちゃったんです」
或いは、父と浮気相手の二人きりにするのが嫌だったのか、女手ひとつで三人の子育ては無理だと思ったのか、本当の所は知れない。ただ、『ナナはお父さんについていてあげなさい』と言う母に、嫌だと言えずに父と新しい人の元に残ることになったのだった。



「それはナナが捨てられたということじゃないだろう?離婚してから日が浅いようだし、もう少し落ち着いてから話し合う機会を持った方がいいよ」
「……うん」
南央の方から歩み寄る気はなかったが、俊明にそう言うのは大人げないと思い、頷いた。
「ナナは女きょうだいに挟まれてたんだね。だから、しっかりしているのかな」
「しっかりしてないです、口喧嘩でも勝てたことないし……そういえば、俺だけ名前にも差をつけられてるんです。母の名前が“南”だから、子供はみんな名前に南っていう字が入ってるんですけど、姉は初めに南って書いて“ういな”で、妹は結ぶに南で“ゆうな”で、俺は真ん中だから“南央(ななか)”なんだって。俺だけ南が先だし、読み方も違うし……」
つい愚痴っぽい言い方をしてしまっていたことに気付いて口を噤む。こんな話をするつもりではなかったのに。
俊明の肩へと、南央の頭を抱きよせた手が、優しく髪を撫でる。恋人というより保護者のような、愛おしいというより慈しむような穏やかさで、大きな手が南央を宥めようとする。
「ずいぶん大人びているというか、ドライな子だと思っていたけど、年相応なところもあるようで安心したよ」
優しい声で庇うように言われても、言葉通りに受け止めることはできなかった。南央がどんなに大人っぽくしていようと努めても、つまらないことで本性は表に出てしまう。
「俺、ほんとに子供だから……俊さんみたいな大人の人から見たら、まともに相手にできないと思われてしまうのも仕方ないってわかってます」
「ナナ」
卑下する言葉を咎めるような声の、少し強い調子につられて俊明を見上げた。
「僕は本気だと言ったはずだよ?きみが若いからといって、おざなりに扱っているつもりはないから。むしろ、年齢を意識しているのはナナの方じゃないのかな?」
「……ごめんなさい」
つき合うということを、そう深く考えていなかった南央にとっては、俊明の真摯さは驚きを通り越して怖いほどだった。
「それから、もっとくだけた喋り方をしてくれないかな?この調子じゃ、なかなか親しくなれないような気がするよ」
南央の母親が躾に厳しかったおかげで、大人や年上の相手にタメ口をきく のは抵抗があったが、俊明の言う通りにした方がいいのだろう。それが親しくなる近道なら、慣れなければと思った。




俊明には言い出せずにいたが、南央の授業料の行方は家に帰ってから判明していた。
失くしたと思い込んだ南央が自力で何とかしようと画策し、外泊すると連絡していたために真相を知るのが遅れてしまったが、いわゆる封筒分けという家計管理をしている義母が、間違えて予備の空封筒を渡していたというのが騒動の真相だった。
自分のミスをひどく気にする義母に、もう払い込んで貰うよう頼んでしまったと言うわけにもいかず、まだATMに行っていなかったような顔をして授業料を受け取った。
もちろん、そのお金は俊明に返すつもりでいたが、完済してしまえば関係が終わってしまうと思い、俊明と約束した回数分会ってからにしようと考えていた。
まさか、つき合ってくれることになるとは思ってもみなかったから、事の顛末を話すタイミングを迷っている。
「……眠いの?」
かろうじて耳が拾った問いに、ハッとして顔を上げる。
親睦を深めようと思いつくままに互いのことを話していたはずが、いつの間にか南央は自分の思いに没頭してしまっていたらしかった。
「寝てしまう前にお風呂に入っておいで」
初めての日と同じ台詞だと思いながら、南央は広い胸に凭れかかったまま、億劫な体を起こす努力をする。
「ナナ、今日は一緒に寝ようか?」
低めた声に囁かれ、悩みは一瞬で吹き飛んだ。
「ほんとに?」
驚いて身を起こした南央に、俊明はさも可笑しそうな顔をする。
「目が覚めた?」
「……嘘?」
南央があからさまに落胆したからか、俊明は急いでそれを否定した。
「嘘じゃないよ。でも、僕の寝込みを襲ったらベッドから追い出すからね?」
到底、南央の手に負えるとも思えない大人の大柄な男に悪戯っぽく釘を刺されて、リアクションに困ってしまう。
早く、襲うとか誘うとか出来るようになりたいと思いながら、今度こそ立ち上がる。
「俺、先にお風呂借りますね。なんか、頭が上手く働かなくなってるみたいだから、ちょっと覚ましてきます」
「ナナ、もう堅苦しい話し方はしないで欲しいんだけど?」
「あ、ごめんなさい。気を付けます」
それがもう違っていると、指摘されなくても俊明の顔に書いてある。
これ以上失敗を繰り返してしまわないうちに、南央は風呂場へと急いだ。




南央と入れ違いで風呂に向かった俊明に、先に寝室に行っているように言われて、躊躇いながらドアを開けた。
入って正面には天井まである大きな窓、側面の壁には作り付けのキャビネットに間接照明、そちらにヘッドボードを向けて置かれた、おそらくは規格外の大きなベッド。枕はひとつしかなかったが、淡い茶系のベッドスプレッドに覆われたそこは僅かも乱れていない。
まるで普段は使っていないみたいに整えられた部屋はホテルかモデルルームのようで、手入れをする誰かがいるのではないかと疑いたくなるほど。
気後れしながら上掛けを捲り、ベッドに浅く腰掛ける。何もしないという前提があっても、俊明の傍で一夜を過ごすことになるのだと思うと、鼓動は自然と高鳴ってゆく。
物心ついてからの南央は親とも姉妹とも一緒に眠った記憶がなく、誰かと同じベッドに入るということ自体に不慣れで、考えるほどに落ち着かなくなった。
手持ち無沙汰と好奇心から、ベッドの上部にある引き出しを開けてみる。
何ヶ所か覗いてみたが、特に俊明を困らせられるような楽しげな収穫はなく、寧ろ南央のテンションを落としてしまいそうな、薄いアルバムを数冊、見つけてしまった。
一番上の一冊を、躊躇いながら手に取り、おそるおそる捲ってみる。
最初のページに貼られているのは、中性的で線の細い、二十歳ぐらいと思しき人だった。写真が苦手なのか、やや硬い表情で儚げな笑顔を向けている。おそらく、俊明の好みのタイプというのはその人のことだったのだと、微かな胸の痛みと共に得心がいった。
外見だけなら南央も写真の人に近い優しげな面差しで、俊明がその相手に今も気持ちを残しているのなら、あまり喜ばしいことではないような気がする。そうでなくても、南央が許容範囲に入っているのは発展途上の今だけ限定かもしれないのだから。
その写真を暫く眺めてから、そっと閉じた。後ろのページも、他の数冊も、もう見てみる気にはならなかった。
慎重に元に戻し、そっと引き出しを押し込む。
今は誰とも深くつき合う気はないと言っていたのは、こういう理由だったのだろう。それを承知でゴリ押ししたのは南央で、ショックを受ける方が間違っているのだと、自分に言い聞かせる。



ドアの開く音に、反射的に腰が浮いた。
「ナナ、待っていてくれたの?」
眠たがっていた南央が疾うに睡魔に負けていると思っていたのか、枕を片手に部屋に入って来た俊明は少し驚いたような顔をしている。
言いようのない不安が、考えるより先に言葉になった。
「あ、あの……次は、いつ会えるの?」
傍まで近付いて来た俊明に促され、ベッドに並んで腰掛ける。俊明の口元に浮かぶ笑みの意味が読めず、確かめるようにじっと見つめてしまう。
「日曜はどうかな?ナナが泊まれるなら、土曜の夜からでも構わないよ」
「俺は大丈夫。じゃ、また土曜に来ていい?」
「いいよ。でも、今週は出勤になりそうだから、時間は金曜までにメールか電話で決めるということにしてもらっても構わないかな?」
「うん。連絡くれるの待ってる」
次の約束を取り付けたことで、ほんの少し気持ちが和らいだ。
「ナナは明日の朝も僕の時間でいいのかな?」
「うん」
「他に話しておきたいことはない?」
「……うん」
本心では“清いおつき合い”の基準を確認しておきたいと思いながら、この状況で尋ねる勇気はなかった。
「じゃ、そろそろ寝ようか。ナナ、奥に行ってもらっていいかな?」
腹立たしいほどに、俊明の声にも態度にも、恋人と一緒のベッドに入るといったような甘いものは含まれていなかった。
南央がベッドに上がり、奥に詰めるのを待ってから、俊明が隣に並ぶ。ベッドが広いせいか、俊明の基準が厳しいのか、体が触れ合うほどに近付くことはなかった。
こんなに気が昂っていては寝付けないのではないかと思っていたが、ほどよくスプリングの効いたマットは心地良く、穏やかな眠気に誘われる。
今は余計なことを考えるのはやめて、黙って目を閉じた。






まがりなりにも俊明とつき合えるようになったことを単純に喜べばいいと思うのに、時間が経つほどに不安は増してゆくばかりだった。
そもそも、頑なだった俊明がどういう心境の変化で南央とつき合う気になったのかわからない。拙い口説き文句に絆されたとも思えず、リスクを冒してまで南央とつき合うメリットは何なのか、考えるほどに謎は深まるばかりだった。
次の約束にしても、本当に連絡をくれるのか、南央の方から取りとめのないメールでも打っておくべきなのか、携帯を眺めては溜め息をつく。
「芝って、彼女いたんだな」
突然、隣席からかけられた声にドキリとして顔を上げる。
冷やかすような笑みを浮かべて、南央を覗き込むように見ているのは、昨年から同じクラスの長沢だった。
「え?」
「休憩の度に携帯見てそわそわしてるし、ため息ばっか吐いてるし」
「……うそ」
「嘘じゃないって」
少し離れた位置からも、長沢を擁護する声が飛ぶ。同じく昨年に引き続き同じクラスになった庄野で、斜め前の席から身を乗り出すようにして話題に乗ってくる。 南央には、放課後までベッタリ一緒というほど親しい友人はこの学校にはいないが、休憩や移動など学校内では大体この二人と行動を共にしていた。
「な、白状しろよ?そんだけ携帯見てるってことは、この学校の子じゃないんだろ?」
「……まあ」
この学校どころか、“子”でもなければ学生ですらないが、南央の返事は嘘ではない。
「まさか芝に先越されるとはなあ……芝みたいに可愛い系は女子に敬遠されると思って油断してた」
「だよな。芝の彼女、よっぽどの美人?それとも美形好き?」
「美人ていうか、すごく整った顔してる。俺の顔は嫌いじゃないみたいだけど」
まともに答えなくてもいいのかもしれないが、その場凌ぎの嘘を吐くとやがて辻褄が合わなくなってしまいそうで、事実だけを淡々と告げた。



「じゃ、何でため息?上手くいってないってわけじゃないんだろ?」
「上手くいくも何も、まだつき合い始めたとこ。どうなるのか、想像もつかないよ」
やっぱり無理だと言い出すのはきっと相手の方で、そうならないように南央は具体的にどう努力すればいいのかわからず悩んでばかりいる。
「芝って、つき合うの初めて?」
「うん」
「告ったの、どっちから?」
「俺だけど」
「うわ、意外……おまえ、何て言って口説いたんだよ?」
いつの間にやら、問いは尋問に変わってしまったような気がする。そこまで明かす必要はないと思いながら、隠しても追及されるだけだと思い直して簡単に答えておく。
「口説いたってほどじゃないよ。もし特定の相手がいなくて、俺が好みから外れてないんなら、つき合って欲しいっていうようなことを言っただけだし」
「それでオッケーもらえたのか?」
「まあ」
「やっぱ顔か……なあ、おまえの彼女の友達で彼氏欲しがってる子とか、いないのか?」
肩を落としたのはほんの一瞬で、長沢はすぐに気を取り直したように南央に詰め寄った。
「聞いたことないけど……それに、だいぶ年上だし」
「だいぶって、おまえ、年上シュミだったのか?」
「趣味っていうか、俺、年上の優しそうな人がいいなあと思ってたから」
喋りすぎたかと思ったが、二人とも南央の言葉の深いところにまでは気付いていないようだった。
「年上ってことは、俺、そっちまで先越されるのか」
「いいなあ、芝。俺も食われたい」
逆の意味だとわかっていても、“食われる”という言葉にドキリとしてしまう。
「なんか、ホントになりそうでムカツク」
「芝、どんな風だったか教えろよな」
好き勝手なことを言う友人たちに苦笑いしながら、そんなことにならないから、と返す。
せめて、“淫行をはたらくわけにはいかない”という基準が、在学中ではなく年齢ならば、誕生日が5月と早めな南央には幸いだと思えたのに。それでも、あと1年近く先の話なのだったが。





「……というわけなんだけど、洋ちゃん、どう思う?」
迷った挙句、南央は一番信頼のおける友人を訪ねて、俊明との経緯(いきさつ)をかいつまんで話した。
南央が私立の学校に進まなければ今も毎日一緒に通学していたはずの、斜め向かいの家に住む幼なじみ、神山洋輔(こうやま ようすけ)。
日に焼けて少し赤みがかった髪に大人びた表情、男っぽく成長し続けている筋肉質な体躯。誕生月では南央の方が半年も早いのに、外見は洋輔の方が幾つか年上に見える。
「ナナが女に囲まれて苦労して育ったから女に興味を持てないっていうところまでは、わからんでもないけど」
そこまで黙って聞いていた洋輔は、複雑な面持ちで言葉を選びながら、南央のカミングアウトの前半部分には理解を示した。
「でも、ウリはダメだ」
短い言葉ながら、籠められた感情の強さは半端なく。
切れ長の目元は普段は穏やかだが、こんな風に間近で凄まれると少し怖い。思わず、並んで座っている洋輔のベッドから腰を浮かせたくなるくらいには。
「わかってるよ。でも、あの時は何とかしなきゃって、それしかなくて。だから、助けてくれたのが俊さんで良かったと思ってるし、感謝もしてるんだけど……してみたいっていうのも本音なんだ」
「それで、“優しそうな大人の男”なのか?」
「うん……俺が本当に“そう”なのか確かめたいっていうのもあるけど、好奇心みたいのもあるし、もし違ってたとしても、酷いことはされなさそうだし」
「それは甘いだろう?所詮、相手はカラダ目当てなんだろうし」
「俊さんは違うよ。卒業するまではしないって言うくらいだし、最初の日もこの間も、その気だったらいくらでも“する”機会はあったんだから」
「だとしても、もしおまえがやっぱり違うと思ったときに止めてくれるとは思えないけどな」
「止めてくれなくていいんだ。一度はちゃんと経験してみたいし。俺が心配してるのは逆の方だよ、本当に俺とやる気あるのかなって」
もう自分の性癖に逆らう気はないし、女性を試してみようとも思わない。それより、もし俊明がただのいい人で、南央に道を踏み外させないためにつき合うことにしたとかいうようなオチだったらどうしようと危惧しているのだった。



「やってみたいだけなら、俺で試せば?」
「え……っ?」
洋輔が何を言ったのか理解できないうちに、肩を掴まれて引き寄せられる。頭の中も、体操服の胸元に押し付けられた視界も真っ白だ。
「俺なら、ナナが嫌がったら途中で止められると思うし、お互い経験値が低いぶん、上手くできなくても気まずくならないだろうし」
「よ、洋ちゃん、俺の頭が理解を拒んでるんだけど……?」
「そんなオヤジに拘らんでも、俺でいいだろ?」
「でも、どうせなら俺を好きな人の方が……洋ちゃん、俺が好きってわけじゃないよな?」
「そのオヤジだって、まだナナを好きなわけじゃないだろ?ただの好奇心なら俺の方がいいと思うぞ?」
「や、それはちょっと違うんじゃないかと……ていうか、洋ちゃん、こういうことには興味ないのかと思ってた」
野球一筋のストイックな男という人物像は、学校が離れて以来せいぜい週に一、二度しか会わない南央の思い込みだったのだろうか。
「興味ないわけないだろ?そりゃ、どっちが好きかって聞かれたらやっぱ女子だけど、俺、たぶん男でも大丈夫だと思う。やることには大差ないんだし。まあ、胸はあった方がいいけど、貧乳の子もいるんだし、大した問題じゃないだろ?」
「それは違うような気がするけど……」
よもや洋輔と試してみようなどとは爪の先ほども考えたことはなく、今にもベッドへ押し倒されようとしている体を必死に堪えた。
それとも、俊明に出逢う前に洋輔に相談していたら、こんな突拍子もない展開も受け入れてしまっていたのだろうか。
「俺には余分なのがついてて、入れるトコも違うってわかってる?」
「……もし無理だったらごめんな?」
微妙に逡巡しながらも、まだ楽天的な態度を崩さない洋輔に、少しきつめに返す。
「そうなったら嫌だって言ってんの。洋ちゃん、男を相手にしたことなんてないだろ?」
「一緒にAV見て擦り合ったことくらいならあるけどな」
「それとは根本的に違うと思うから。勃たないとか言われたら本気でヘコむし、やめといて」
「そこまで言われると自信ないけど」
洋輔が迷っている隙に、腕をほどいてベッドの端まで逃げる。一時的な気の迷いだったのだろうが、今はリーチの届かない距離を保たずにはいられなかった。
「それに、俺、彼氏もちになったって言っただろ?他の奴とすんのはダメだと思う」
「じゃ、あと二年待つのか?」
「しょうがないだろ。まだつき合うことになったばっかだし、そうすぐに結論出すわけにもいかないし」
結局、南央の悩みは、他の誰に相談しても解消することはないということのようだった。





うだうだと南央が迷って行動を起こせないでいるうちに、俊明の方から会う場所と時間を知らせるメールがあった。
文面は決して硬くなかったが、恋人へのメールというよりは友達か身内に宛てたような飾り気のないもので、南央の疑惑を更に深めることになっている。
まだつき合い始めたばかりだというのに、先走る不安と特別扱いをしてくれない物足りなさで、土曜の夕方までを鬱々と過ごすことになった。
それでも、俊明に会って顔を見るとモヤモヤは嘘のように飛んだ。穏やかで優しい表情を、今は南央にだけ向ける大人の恋人。視線を交わして優しく微笑まれれば、つき合うと言った言葉は嘘ではなかったと思えてくる。
気持ちが落ち着いたからか、夕食がコース料理だったせいか、取りとめのない会話をしながらの食事は思いのほか時間がかかり、俊明のマンションに着いたのは8時を大分回っていた。
日中閉め切っていたらしい部屋は蒸し暑く、先に入った俊明がすぐに窓を開けて空気を入れ替える。
「俊さんて家事が好きなの?ていうか、得意?いつも部屋がキレイだよね」
今日は南央が来ることが予めわかっていたというのもあるのかもしれないが、俊明の家はいつ来ても片付いている。土曜まで出勤になるほど忙しい独身男性が、そこまで手が回るのだろうかと訝しんでしまうほども。
俊明はスーツの上着だけを脱ぐと、南央をソファに促し、並んで腰掛けた。僅かな間と、読み取れない表情に迷いを孕んでいるような気がするのは南央の思い過ごしだろうか。
「家事は嫌いじゃないけど、そんなに手を入れていないよ。たぶん、あまりこっちにいなかったから汚れてなかったんじゃないかな」
家に帰らない理由を不躾に尋ねそうになるのを堪えて、無難な言葉に変える。
「仕事、そんなに忙しいの?」
「そうでもないよ。仕事とは関係なく、実家の方に居ることが多くてね」
「えっと……ここで暮らしてるわけじゃなくて、普段は実家に住んでるとか、そういうこと?」
男の一人住いにしては広すぎるここは、もしかしたら結婚生活を送っていた場所で、近いうちに解約する予定だとか、逆に解約できない事情があってそのままにしているとか、想像は際限なく暴走してしまう。
「つい最近まで、それに近い感じだったかな。僕には年の離れた弟がいるんだけど、まだ1歳にもなってなくてね。母も若くないし、できるだけ手伝おうと思って、しょっちゅう実家の方に行ってたんだよ」
若くないといっても子供を産めるくらいの年齢の親なのだから、俊明も南央が思っているほどの年齢ではないのかもしれない。相手の方から言わないことを聞くのは躊躇われ控えていたが、やはり確かめておきたいと思った。



「俊さんて、何歳か聞いていい?」
「ひと月前に30歳になったところだよ」
構えるでもなく答える顔を、ついまじまじと見つめてしまう。
「……ウソ」
「本当だよ。ナナは僕をいくつだと思ってたの?」
「25、6歳くらいかなって」
それさえも、さっきの話を聞いてもっと若かったのだろうかと考えたほどなのに。
「おじさん過ぎて引いた?」
「それはないけど、ちょっとびっくりした」
俊明の母親の年齢も気になったが、俊明の弟をかなり高齢で産んだとか、或いは俊明を産んだのが相当若い時だったとかだとしたら、そう珍しいことではないのだろう。
「最初にきちんと言っておくべきだったかな?僕は年齢より若く見られる方だから、ナナにもそう見られているかもしれないと思ってはいたんだけど」
「ううん、俺は俊さんがいくつでも気にしないし……それより、俊さん、ここにはもう住まないの?」
だから初対面の南央を部屋に上げてくれたのだとしたら凄くショックだ。親しさの度合いは一気にダウンしてしまう。
「そんなことはないよ。これからは実家に行くのを控えようと思っているからね」
どうして、と尋ねてもいいのかわからず、首を傾げるようにして俊明を見る。
目が合うと、俊明の手が南央の頬に伸びてきた。
「向こうに居ると、もしナナが急に来てくれたとき困るからね」
それは、突然来てもいいということだろうか。
「約束してなくても来ていいの?」
「いいよ。でも僕は帰るのが遅くなる日もあるし、待たせたくないから先に電話を入れてくれるかな?」
それでは“急に来た”とは言わないのではないかと思ったが、余計なことは言わずに頷いた。
南央はまだ俊明が普段何時に帰っているのかも知らないし、こちらには帰らない日もあるのなら、いきなり来るのは無謀だということなのだろう。帰って来るにしても、もし俊明の帰宅が初めて会った日のような時間になったら、待つには長過ぎる。
頬の手が首筋を撫で、後頭部へと回ってゆく。軽く力を込められて、俊明の肩の方へと引き寄せられる。
戯れるように南央の髪に触れる指先は優しく、先日の洋輔みたいにがっついた感じはなかった。それが大人の余裕なのか、そもそも南央では欲情させることもできないのか、どちらにしても歯痒い。
されるがままに預けていた体を、もっと俊明の方へ寄せようとしたとき、髪に絡んでいた指が解かれた。
「ナナはお風呂に入ってきてるようだし、僕も行ってきて構わないかな?」
「あ、うん」
そんなことまで気付かれていることに驚きながら、立ち上がる俊明を見上げる。
「退屈なら先に見ていて構わないよ?」
テーブルに置かれた、帰りに借りたレンタルのDVDのタイトルを思い返す。時間をつぶすためではなく、後で俊明と見るために、より効果的な一枚を選んでおこうと思った。




俊明の肩に凭れるようにして、ぼんやりと画面を眺める。
興味のないものを選んだわけではなかったが、今は映画の筋より、俊明の横顔を盗み見たり体温を感じたりしている方がよほど有意義に思えた。
目で追っていただけの画面の中はいつしか色っぽい雰囲気に満ちて、今にも女優の白い背中が露になろうとしている。女性に感じるところのない南央には不都合はないが、俊明はおかしな気分になったりしないのだろうか。
それとも、大人の俊明はこんなものを見たくらいで触発されることはないのかもしれない。
落ち着き払った俊明とは違い、男優の目線がこちらに向けられると、南央はまるで自分が欲しがられているみたいな錯覚を起こしそうになった。熱っぽく見つめられたまま押し倒されたら、何も考えられずに全て許してしまいそうだ。
こんな風に性欲を刺激するには何が必要なのだろう。今の南央には色気の欠片もなく、小細工を弄するような経験値もない。
ちらりと俊明を窺ってみたが、映画に没頭している風ではなく、南央に気を取られるでもない、少し引いたような感じはいつもと変わらなかった。
「……キスするのも、だめなの?」
口をついた問いは、自分でも思いがけなく。
至近距離で見つめる南央に、俊明は小さく笑った。
「こういうのを見ると、そういう気分になる?」
「見なくてもなるけど……“清い”って、どこまでならいいの?」
つい問い詰めるような口調になってしまう南央に、俊明は真面目に答えを考えてくれたようだった。
「そうだね。どこかにラインを引いておかないと、気が緩んで箍が外れてしまうといけないかな」
「……外れた方がいいのに」
「ナナ?」
窘めるような声音が、南央にはもどかしく腹立たしかった。
「俊さんてすごくきちんとしてるみたいだけど、俺くらいの頃もそんなに真面目だったの?」
「僕がナナくらいの頃は今みたいに厳しくなかったからね。それに、お互い未成年なら罪に問われるということもないだろうけど、僕は大人だからね」
「そっか……年上でも、もっと年が近い人なら問題ないんだ」
何気なく呟いた言葉に、俊明の表情が厳しくなる。
「冗談でもそういうことを言わないでくれないかな?他の人もだめだよ、きみはもう僕とつき合ってるんだからね」
「でも、俺、この間も友達にセマられたし、そのうち好奇心に負けてしまうかも」
わざと煽るような言い方をしてみても俊明は困ったような顔をするだけで、それは、取られるとか先を越されるとかいったような危機感とは違ったもののように思えた。
「ナナが自分で断れないなら、僕が出向くよ?」
まるで保護者のような、 心配げで生真面目な態度も、とことん融通がきかない性格のようだと諦めるしかないのかもしれない。できれば最初に恋愛する相手は俊明がいいと、選んだのは南央の方だったのだから。
「そんな大げさな話じゃないから。ノンケの奴だし、ちょっとふざけてただけだし」
「本当に?」
「うん。俺がしっかりしてれば大丈夫」
「それなら信用しても大丈夫かな?ナナはしっかりしているから」
南央にとっては褒め言葉ではなかったが、反論して気まずくなるよりは笑って流す方を選んだ。




最初にかけた映画が終わり、次を尋ねられると、南央は少し考えてしまった。
「……俺、途中で寝てしまうかもしれないけど、いい?」
本音を言えば、南央の瞼は既に怪しくなってきていて、多少の無理をしても俊明につき合ってDVDを見た方がいいのか、明日に備えて早く眠れるようにした方がいいのか、判断に迷っている。
「眠いんなら、やめておこうか?」
「眠いってほどじゃないけど……明日は何時に起きたらいいの?俺、寝るのが遅くなると、朝起きれないかも」
「出掛けるなら、あまり遅くならない方がいいかな……ナナ、どこか行きたいところはある?」
「特にないけど……」
二人で出掛けるということは“デート”にあたるのではないかと思うと、急に恥ずかしさを覚えた。つき合うという経験のなかった南央には思い至らなかったが、よくよく考えてみれば、二人で会っている今も“おうちデート”とかいうやつのはずだ。
「ナナくらいの年齢ならテーマパークとかの方がいいのかな?」
「え、と……俺、人が多いところはちょっと……絶叫系とかも苦手だし」
未成年の南央とつき合うことに、俊明が用心深くなっているとわかっているのに、あまり目立つ場所には行きたくなかった。そうでなくても、いかにもデートというような展開になったら、南央は緊張して変な態度を取ってしまいそうだ。
「出掛けるのは気が進まないかな?」
「そんなことはないけど……前に、買い物につき合うとかいう話が出たよね?俺、そういうのの方がいいかも」
それは南央に援交を迫られた際の、俊明の苦し紛れの提案だったのだが。
「じゃ、そうしようか。遠出をするわけじゃないなら、ゆっくりしても大丈夫だね。ナナはいつもは何時くらいに寝てるの?」
「大体11時くらい?でも、10時前に寝ちゃうこともあるし、12時回るときもあるし、日によって違うけど」
「起きるのは何時?」
「学校の日は7時前だけど、アラームをかけてないと目が覚めないかも」
「じゃ、目が覚めるまで寝ていようか」
つまりは、やっぱりDVDを見ることにするという意味らしく、俊明は次のディスクをセットするために、一旦南央の傍を離れた。
こんなことなら昼寝でもしておけばよかったと悔やみながら、なんとか欠伸をかみ殺す。
あとは海外ドラマのシリーズが3枚残っているはずだったが、俊明は全て今晩見るつもりなのだろうか。
南央の傍に戻ってきた俊明に、また頭を抱くように引きよせられる。
程度はともかく、俊明はスキンシップは嫌いではないようで、つき合うことになってすぐから、南央の頭や肩に触れることに躊躇いはなかったように思う。
起きていようと決めたばかりなのに、心地よい胸に凭れていると眠気は増すばかりで、自然と目が瞑ってくる。
本編が始まらないうちにもう、南央の瞼は開くことを諦めてしまった。


目が覚めたとき、南央は俊明の腕の中にいた。
いつの間にかベッドに移っていることに気付いて、離れようとした体が思いがけず強い力で引き止められる。
この間はベッドから追い出すと言っていたくらいなのに、この密着ぶりはどういうことだろうか。
「……ゆい」
ささやくような微かな声が、誰かの名前を呼ぶ。
女性名のような響きだったが、写真の人のことだと直感的に思った。
おそらく、眠りの中で俊明がその人と南央を混同しているのだろうということは、経験値が浅くてもわかる。あの写真の人と南央は、細身なところや抱き心地が似ているのかもしれない。
ただ、肩や頭でなく体を抱きしめられるのは初めてで、それが俊明の未練のせいだとしたら複雑だった。
息苦しいのは抱擁のせいだけではなく、抜け出すことの無意味さはついさっき体感したばかりだ。
最初から、俊明の胸には他の誰かが住んでいるとわかっていて口説いたのだから、こんな気持ちになる方が間違っているのだろう。
夜明けまではもう少し間がありそうだったが、もう一度眠れそうな気はしなかった。




そっと、南央の頭を抱くように回されていた腕が抜かれたことで、俊明が目を覚ましたことを知る。
腕枕をされている間ずっと体は向き合っていたのだったが、南央が顔を伏せていたからか、二人が接近し過ぎていたからか、南央が起きていることには気付かないようだった。
優しい指が髪を梳き、頬を撫でる。
これでキスでもされれば飛び起きてしまうところだが、いつものことながら、俊明の指からセクシャルなものは感じられなかった。
「ナナ」
そのくせ、抑えめの声は甘く耳朶をくすぐり、南央の鼓動を不自然に逸らせる。確か、目が覚めるまで寝ていて構わないと言っていたはずなのに、俊明は、自分が目を覚ますと早々に南央を起こそうとしているようだった。
少し迷ったが、いつまでも寝たフリを決めこむのは無理だと悟り、ゆっくりと瞼を開いて、声の方を向く。
「おはよう、ナナ」
「……おはよ」
実際には南央は疾うに気が付いていたのだったが、さっきまで眠っていたような顔をして、ごく近い位置にある俊明の顔を見つめた。
「起こさない方が良かったかな?」
眠そうな素振りを見せるまでもなく南央はぼんやりとして見えるようで、まだ寝惚けていると思われているようだった。
「……もう起きるの?」
「そうだね、僕は起きようと思うけど、ナナはどうする?」
睡眠は足りていなかったが、寝直すわけにはいかなかった。うっかり眠ってしまえば、早起きし過ぎた南央が次に目を覚ますのは夕方かもしれない。
「俺も、起きる」
南央の返事に、俊明は満足そうに笑って体を起こした。



「やっぱりサポだったりする?」
出掛けた先で、南央が目に留めた靴を買ってくれようとした俊明は、その一言にひどく衝撃を受けたようだった。
そんな深い意味で言ったわけではなく、まだ最初の5万も返していない南央としては、これ以上は俊明に払わせたくないと思っただけだったのだが。
真面目な俊明は、援交紛いだと思われるのは心外なようで、その後もしばらく気にしているように見えた。
「……次は木曜?」
別れの時間が近づくにつれて南央は焦り始め、またしても自分から次の約束を催促してしまっていた。
いくら突然来てもいいと言われてはいても、タイミングが合わなければ会えないわけで、そうこうするうちに疎遠になってしまうのではないかと、つい悪い方へ悪い方へと考えが向かってしまう。
「決めておいた方がいいかな?」
「うん」
俊明は約束を反故にするようなタイプではないから、明確な予定を入れておけば会えなくなるということはないような気がした。
「僕の都合に合わせてくれるんなら、木曜と日曜がいいかな。他の日は終わる時間が一定していないから遅くなることもあるし、土曜は出勤になることが多いからね」
その自由になる日を南央のために空けておいてくれるのは嬉しいが、週に二日では足りないと思うのは我がままだろうか。
「それまでに会いたくなったら、連絡していいの?」
「いいよ」
優しげな笑顔で頷きながら、俊明は南央に釘を差しておくことを忘れなかった。
「毎日というわけにはいかないけどね」
「……うん」
あからさまに落胆する南央に、あまり頻繁だと勉強に差し支えるといけないからと、大人らしい言い訳を続けた。
急いてはいけないと自分に言い聞かせながら、そのためにも南央が安心できそうな言葉をねだってみる。
「……また泊まってもいい?」
「僕は構わないけど、そう頻繁に外泊というのはどうなのかな?」
「うちは大丈夫だから。ちゃんと親の了承もらってるし」
「だとしても、休日の前だけにしておこうか。お互い、ケジメが大切だからね」
“お互い”というところに少しだけ救われたような思いで、南央は俊明の提案に同意しておいた。





落ち着いて考えてみれば、二度の離婚暦があり、グレードの高そうな3LDKのマンションに住むような男が、二十代前半ということはまずないだろうということに気付く。
腕枕にしても、俊明に触れられることはないと思い込んでいただけに驚かされたが、二度も結婚していた大人の男からすればごく自然な流れだったのかもしれない。眠りの中で俊明が腕に抱いていたのは南央ではなかったのだろうし、少なくとも、あと1年10ヶ月の間はその人の代わりにもなれないのだから。
携帯電話を開いたままそんなことを思い、操作しかけた指を止める。やっぱり、南央の方から会いたいとは言いたくなかった。
「芝?彼女とあんまり上手くいってないのか?」
先日のような揶揄まじりではなく、心配げに声をかけてくるのは隣席の長沢で、そんな気を遣わせてしまうほど深刻な顔をしていたのかと思うとまたヘコみそうになる。
「そうじゃないんだけど……俺じゃ“食われそう”にないなあって思うとつい」
学食から戻ったばかりで“食う”という喩えもどうかと思いながら、先日の話をなぞるために敢えてその表現を選んだ。
「なんだ、そんなぐらいでヘコむなよな。俺ら相手もいないのに、芝は彼女がいるだけでも有難いって思え」
「そうなんだけど……なんか、俺は対象外みたいでちょっと」
「芝の彼女って何歳?ちょっと年上くらいで対象外ってことはないだろ?」
いつものように、後ろの席から身を乗り出して庄野が話に入ってくる。その鋭い読みに、南央は投げやりに答えた。
「……俺の倍くらい?」
「倍って……ウソだろ、そんなオバサンなのか?」
異常なほどに驚いたのは長沢で、ありえない、と言いたげな顔をする。
「オバサンじゃないけど……」
見た目若いしカッコイイし、と胸の中だけで続けた。
「それなら対象外なのも仕方ないよな……ていうか、相手より俺のが微妙」
長沢の否定的な態度に、庄野は普段は穏やかな目元を眇めた。
「見てから言えよ、すごい美女かもしれないんだし。それに、その人は芝が育つの待ってるんだろ?」
「たぶん」
後半の、気遣わしげな言葉を一応肯定しておく。2年後もつき合っていたらという前提での話でしかなくても。
「あれだよな、なまじ相手がいるだけにキツイんだよな。芝、思い切って“お預け”無視して襲いかかってみれば?案外、何とかなるかもしれないぜ?」
何とかどころか、一瞬で破局してしまいそうだ。
苦笑する南央の頭に、庄野の手のひらが置かれる。俊明のように骨ばってはいない、洋輔のようにごつくもない、成長途中の曖昧な手だ。
「芝は可愛いから、泣き落とすとか?」
南央の戸惑いを置き去りに、無責任な言葉が羅列されてゆく。
いつの間にやら、どうやって“落とす”かという話にすり替わってしまったようだ。
あまり参考にはならない空論に適当に相槌を打ちながら、平和な昼休みを過ごす。
本当は洋輔に相談したいと思いながら、また“試そう”と言われたらどうしようと迷っていたのだったが、身近な友人たちのおかげで南央の気は十分に紛れたようだった。





「まさか、ナナが払うとか言わないだろうね?」
テーブルの端に置かれた伝票に伸ばしかけた手を、長い腕に止められた。
会う度にお金を使わせていることは、少なからず南央を心苦しくさせている。未だに最初に出してもらった授業料を返していないことも、その一因となっていた。かといって、返す理由をどう説明すればいいのか思いつかず、常に財布に入れて持ってはいるものの、きっかけが掴めないまま日にちばかりが過ぎている。
「……たまには、俺が払ってもいいと思うんだけど」
せめて、こうして会うときの食事や買い物に費やす金額の幾らかでも南央に払わせてくれたらと思うが、俊明に困った顔をさせてしまうことにしかならなかった。
「僕は大人で社会人だからね、僕が出すのは当たりまえなんじゃないかな?」
「それってサポじゃないの?」
そういう言い方を俊明が嫌悪しているとわかっていても、言わずにはいられない。違うと言うなら、南央をもう少し一人前に扱ってくれてもいいと思う。
「おかしな意味じゃなく、大人とつき合う以上、こういうものだと思ってくれないと困るよ」
途方に暮れている、と言っても過言ではないくらい俊明は戸惑っているようで、もし南央が反論を続ければ、それならもうつき合えないと言われてしまいそうな気がして、言葉を飲んだ。
「……ごめんなさい」
「きみも男の子だしね、気にする気持ちもわからないわけじゃないよ。でも、これだけ年が開いてるんだし、僕に花を持たせてくれないかな?」
どう言えば南央を傷付けないか思案してくれているのだろうということはわかる。それだけに、釈然としない気持ちを訴えることはできなかった。
いっそ、5万円分の品物を買って渡すということも考えたが、俊明が喜ぶものがわからなかった。仮に、何がいいか尋ねたとところで、南央が義母から授業料を貰ったことを知らない俊明は、きっと安価なものしか答えてくれないに決まっている。
ふと、俊明が金銭面でやや世間ずれしているようなところがあるのは、もしかしたら資産家の息子だからなのではないかという疑念が過った。
両親が離婚して、その原因を作った父がそれなりの慰謝料と養育費を母と姉妹たちに支払うために、今の南央の家はあまり余裕がある状態だとは言えない。自ら進んで入りたかったというわけではない私立の学校は、成績が優秀というよりは経済的に恵まれた生徒が多く、南央が馴染みきれないのはそのせいでもあった。
「ナナ?」
軽く肩を押す手に我に返る。
俊明が会計を済ませたことに気付いて、慌てて“ごちそうさまでした”と頭を下げて出口へと向かう。
いつまでも物思いに耽っているわけにもいかず、俊明の年齢的にはそんなものなのだろうと、先の思考を結論づける。
「わ……っ」
意識が散漫になっていたせいか南央の足元は疎かで、店の前から伸びたアプローチと歩道との僅かな段差に気付かず、躓き転びそうになった。
それを回避させてくれた腕は、しっかりと南央の腰の辺りを抱き止めてくれたが、体制を立て直させるとすぐに離れてしまった。
はずみでもいいから抱きしめられたいと、一瞬でも望んでしまったことを咎められたような気がして、失望が胸に広がる。南央では駄目なのだと、少なくとも今は身代わりにもなれないと、わかっているつもりだったのに。



帰る、と言いかけた南央より一瞬早く、俊明が口を開く。
「ナナは思っていた以上に細くてびっくりしたよ。思わず力が籠もってしまったけど、大丈夫だったかな?」
「え……あ、うん」
「肩幅も狭いし体も薄いし、強く抱いたら折れてしまいそうな気がするよ。こんなに華奢な男の子はそういないだろうね」
そっと、大きな手のひらで包むように肩を促され、どうやらそれは俊明の好みに添っているという意味らしいと気付く。このまま成長が止まれば俊明のタイプでいられるのなら、もう背も伸びなくていいと思ってしまうほど。
並んで歩き始めると俊明の手は離れ、二人の体はまた触れ合わない程度の距離を保つようになってしまったが、先の不安は解消されていた。
「ごめん、ナナ、ちょっと待ってくれるかな?」
不意に、俊明が足を止め、歩道の端へと避けた。
携帯電話を耳元に持ってゆく仕草で電話がかかっていることを知り、その応対で俊明の母親からのようだとわかる。
さりげなく距離を取る間にも、特に声を潜めるでもない俊明の話は南央の耳に入ってくる。
「日曜はだめなんだよ。土曜なら……そうだね、休出がかからなければ」
日曜はだめだと言う理由が南央のためかもしれないと思うと、勝手に頬が緩む。
聞くともなしに耳が拾う会話の、“タカアキ”という名前は俊明の弟のことらしく、最近まで同居同然で面倒を見ていたと言っていたことを思い出して、俊明の年齢的に弟というより子供みたいな感じなのかもしれないと思った。
「ナナ?ごめん、待たせたね。この後はどうしようか?うちに来るにはちょっと遅いかな?」
長い脚は、ほんの数歩で南央の隣へと追いついてくる。
会ったのが7時で、食事に1時間ほど費やし、一緒に居られるのはあと1時間といったところだろうか。できれば9時か、遅くとも10時には家に帰したいと考えているらしい俊明が、今日に限って融通をきかせてくれるとは考えられない。
「俺はどこでも……でも、あまり駅から離れると面倒でしょう?」
店を出たときにも行き先は確認していなかったが、駅の方へ向かっているのだと思っていた。
通勤に車を使っていない俊明と会うのはいつも、南央の利用する路線への乗り換えの駅の傍で、だから食事や買い物もその近辺を利用することが多い。南央としても、一人で電車で帰すのは心配だという俊明の手を煩わせないためにも、あまり遠くへ行かない方がいいように思えた。



「何だか、ナナは今日は素っ気無いね」
ため息のように吐き出された言葉からは、俊明の言いたいことは掴めない。ケジメを推奨しているのは俊明で、従うしかない南央が何を言っても無駄だというのに。
「でも、今から俊さんの所に行ってもすぐに帰らないといけないし」
自然には触れ合わない距離を縮めて、俊明の手が南央の肩に伸ばされる。立ち止まって向き合う二人は、周囲からはラブシーンでも始めそうに見えるのではないかと落ち着かなくなってしまう。
「ナナは帰りたいの?」
「え……だって、明日は平日だし……」
ついこの間、休日の前の日しか泊めないと言われたばかりで、俊明が南央に何を言わせたいのかわからない。
「ナナは真面目だね。それとも、恋愛にのめり込むタイプじゃないのかな?」
「真面目ってほどじゃないかもしれないけど、決められたことは守るよ?別れるって言われたくないし」
「きみがドライだっていうことを忘れていたよ。もう少し我儘を言ってくれたらいいのに」
俊明の要求は矛盾していて、南央には意味不明だった。南央の望みはキスひとつ許されないのに、叶えられないと知っている願いを口に出す意義が見出せない。
「言っても、俊さんを困らせるだけでしょう?」
「……確かに、僕は少し自分をセーブしていたよ。きみのような若い男の子とつき合うのは初めてじゃないからね」
その相手とは制限をつけない恋愛をしていたのだろうし、当面は南央をその後任に据えるつもりはないのなら、一線を引かれるのは仕方のないことだと思う。
「気にしないで。待つって言ったの俺だし、急かそうと思ってないし」
「そうじゃないよ、ケジメをつけられないのは僕の方なんだ」
「……え?」
「ナナからは電話もくれないし、うちに来たいとも言わないし、会って1時間でもう帰ることを考えているようだし……僕は大人じゃいられないよ」
思いもかけない言葉はすぐには理解できず、南央は呆然と俊明を見上げた。
その胸元へ、もっと近づいてもいいのか迷う南央を引き寄せようとするみたいに、肩を包む手のひらに力が籠もる。
「まだ帰したくないけど、だめかな?」
囁くような甘い声に抗えるはずもなく、南央は今日も俊明の家に泊まることになった。





南央が家に帰るのを見計らっていたかのように、絶妙のタイミングで洋輔が訪ねてきた。
ついこの間まで、南央の方から連絡したり出向いていったりすることが多かったのだったが、俊明とのことを話して以来、頻繁に洋輔の方からメールや電話が来るようになっている。
「ナナ、例のオヤジとまだ会ってんのか?」
南央の部屋に入るなり、洋輔は気になって仕方ないらしいことを切り出した。
「昨日も会ったけど、オヤジじゃないよ。見た目若いし、カッコイイし」
「もう寝たとか、ないよな?」
そんなことを確認するために来たのかと思うと、嫌がらせをしたくなってしまう。
「……“寝た”だけなら、もう何回も」
我ながら自虐的だと思いながら、紛らわしい答えを返す。
昨夜も、帰したくないと言われて俊明の家に行くことになったのに、これまでの関係から僅かも進展することはなかった。
一定の距離は保ったまま、俊明の手のひらと南央の肩が、或いは南央の頭と俊明の肩が、軽く触れていただけの穏やかな時間。
俊明の様子がいつもと違っていると感じたのは気のせいだったのか、南央の覚悟と期待は空回り、それまでと変わらず、ただ隣で眠っただけの一夜。
今時、中学生同士のカップルでももっと進んだ関係を構築しているに決まっている。
「何だよ、そいつ。やっぱカラダ目当てだったんじゃないか?卒業するまでは何もしないって言ってたくせに」
「ううん。だから、一緒に“寝た”だけ。2回も結婚してたことのある人だし、本当はノンケなのかも。そうじゃなかったら“不能”とか?」
洋輔が複雑な面持ちで南央を見るのは、手出しされるのは許せないが、蔑ろにされるのも我慢ならないという、親心に近い心理なのかもしれない。
「……今更、そういうこと言うか?」
「ううん、今更じゃないんだ。最初に、いかにも男っていうタイプはムリって言われてるし」
「ナナはいかにも男って感じじゃないぞ。そこらの女子よりよっぽど可愛いからな」
「今はそうでも、これから男っぽくなるだろ?卒業する頃には俊さんのタイプから外れてるだろうし、やっぱムリなのかもな」
あまり考えたくはなかったが、そろそろ真剣に、言い逃れのような俊明の言葉の本意を突き詰めて考えてみるべき時期に来ているのかもしれなかった。



「何で、卒業する頃なんだ?」
「よく知らないけど、未成年者相手にエッチなことすると条例か何かに引っかかるんだって。俺が女子なら結婚の意思があれば免除されるかもしれないけど、男じゃそれもムリだから」
「それなら、卒業したって一緒だろ?成人するまで待つつもりか?」
言われてみれば確かに、俊明のあの様子では卒業しても何だかんだと言いくるめられて、ゴールは更に先延ばしにされてしまいそうだ。
「そうだよな……結局、俺とはヤる気がないってことなのかも」
昨夜の、初めて南央に対して好意を表してくれたようでいて結局は突き離されたことを思い出すと、また遣る瀬無い思いがこみ上げてくる。
それならそうと早く言ってくれればいいのにと、子供なりの防衛本能が働く。打算的かもしれないが、報われないと決まっている恋愛なら早めに諦めさせて欲しい。
「なあ、やっぱ、俺と試した方がいいんじゃないか?」
迷いに付け込む優しげな声に、気を抜けば流されてしまいそうで、感傷に浸ることもできなくなる。どうして、ただの幼なじみだった洋輔が南央を最初の相手にしたいと思うようになったのか、今もって謎だ。
「洋ちゃん、しつこいよ?何でそんなに俺に拘んの?」
「ナナは可愛いからな。わけのわからないオヤジに取られると思うと、何か悔しいだろ」
恋愛感情から生じるものではなくても、おそらくそれは嫉妬で、しかも洋輔よりずっと幼いと思われていた南央に先を越されそうな焦燥も混じっているのだろう。
そんな心配をしなくても、俊明にその気がないから、こうやって愚痴を聞いてもらっているというのに。
「じゃ、もし卒業しても俊さんと何もなかったら、洋ちゃんと試してみようか?それ以上先伸ばしにされるようだったら、俺も諦めついてるだろうし」
「本当か?本当に、そうなったら俺にヤらせてくれるのか?」
「そんな嬉しそうにするなよな、俺が振られるの前提なんだから」
「悪い。でも、撤回ナシだからな?」
真剣に念を押されると、こちらの方が現実になってしまいそうで不安になる。
でも、俊明は“南央が卒業するまでは”と言ったのだから、それが守られると信じていたかった。





南央の心配とはうらはらに、ある意味、俊明との関係は深まっているともいえる。
これまで南央は、木曜はいつも放課後一旦家に帰って着替えてから出直していたのだったが、その手間に気付いた俊明に合鍵を渡され、今日からは部屋に直行するよう言われていた。なにしろ、度重なる“急なお泊り”で俊明があれこれ用意してくれたおかげで、今では南央の着替えや制服のカッターシャツや歯磨きに至るまで、生活に必要なものは一通り揃ってしまっている。
それでも、家主のいない部屋で長く待っていることには抵抗があり、完全下校時刻まで学校で時間を潰してから俊明の家に向かった。
本音としては駅で待ち合わせて一緒に帰りたいところだったが、南央を一人で駅で待たせている間にまた良からぬ誘いがあるといけないからと言われると、前科のある南央には返す言葉もなく。せめて、なるべく部屋で待つ時間が短くなるようにと時間をかけたおかげで、南央が俊明の所に着いたのは7時近くなっていた。
「わ……っ」
鍵を出そうと手間取る南央の眼前で、突然、ドアが中から開かれた。
「おかえり、ナナ。ずいぶん遅かったね」
いないと思い込んでいただけに、家主の出迎えには、驚くというより焦った。
「……どうして?お仕事じゃ、なかったの?」
玄関の中へと招き入れられながら、南央にはまだ状況がよく飲み込めず、呆然と俊明を見上げた。黒いホルターエプロンから覗く、ボタンを外したポロシャツにハーフパンツ姿は、出勤ではなかったのだろうか。
「ナナを待たせるといけないと思って、ちょっと急ぎ過ぎたみたいでね。直帰にしていたし、予定より早く帰れたんだよ。ナナは遅いけど、何かあった?」
「ううん。中間の前だから、図書室に寄ってて……俊さんがこんな早いとは思ってなかったから」
「テスト前だったの?今週はやめておいた方が良かったかな?」
「ううん、全然余裕だから」
南央の通う学校はいわゆるエスカレーター式で受験がないせいか勉学に手を抜く生徒が多く、今のところ南央の成績はかなり優秀で上位をキープしている。そうでなくても、経済的な事情で外部入試も視野に入れている南央は、日頃から授業態度も至って真面目で、提出物にも気合を入れていた。テスト前だからと、特別なことをする必要はないくらいに。
「それならいいけど、無理はしないで、都合が悪いときは言うようにね?」
「うん」
「すぐに食事にできるから、座って待ってて」
ダイニングテーブルに着くよう促され、カウンターの向こうへ急ぐ背中に、わかり切ったことを尋ねる。
「俊さんが作ってくれたの?すごく、いい匂いがする」
「ハッシュドビーフだよ、実家から玉ねぎをたくさん貰ったからね。他にもいろいろあるから、消費に協力してくれるかな?」
「喜んで」
初めて泊まった日にも思ったが、俊明は本当にマメな性格のようだ。
南央も何か手伝った方がいいのだろうが、家事など殆どしたことがなく却ってジャマになると思い、おとなしく待っていることにした。



梅雨入り前のすっきりしない天気で肌寒かった外と違って、煮込み料理をしていた部屋は暖かかった。通学用のカーディガンを脱ごうとボタンを外しかけたところで、思い直して指を止める。
南央は自分では特に食べるのが下手だとは思っていないが、知らぬ間にカレーやミートソースが服に飛んでいることがよくあった。白いカッターシャツになれば、余計に染みが目立つ。
ふと、そういえば制服で会うのは初めてだと、今更のように気が付いた。
俊明も同じようなことを思ったのか、食事の用意を整える手を止めて、繁々と南央を見つめていた。
「……なに?」
「初めて会った時は大人びて見えたけど、ナナは意外と幼い顔をしているね」
「そう?」
これ以上子供っぽいと思われるのが嫌で、急いでカーディガンを脱いで、フローリングに置いたスクールバッグの上に乗せる。可愛げのないカッターシャツ姿の方が、少しはマシだろうと思ったからだ。
南央の横へ近付いてきた俊明の手が、南央の前髪に触れる。おでこを晒すように髪をかき上げられると、ますます幼く見えてしまうのに。
「早く育ってくれないかな」
小さく、独り言のように呟く声に軽くキレそうになった。
「子供でもいいのに。条例だか何だか知らないけど、バレなきゃいいんでしょう?」
「そういう問題じゃないよ、未成年にするべき行為じゃないから条例を作って保護しているんだからね」
「俊さん、“いい人”過ぎだよ」
つい、褒めていないことがあからさまにわかるような言い方をしてしまう。南央からすれば、保護されているというより、俊明の自己満足に付き合わされている気分だった。
「僕は“いい人”じゃないよ?」
いつもと変わらぬ穏やかな声音が、南央の嫌味を否定する。なぜか、それは謙遜ではなく、本心からの言葉のように聞こえた。
黙って見上げる南央から、迷いの過る瞳が逸らされてゆく。
「いい人でありたいと思ってるよ。だから少し無理をしてるんだ」
その生真面目さに飲まれて、やせ我慢ならしなければいいのにと、簡単に言うことはできなくなる。
それが南央に何もしない理由かどうかはわからなかったが、結局、今日も同じベッドに入っても、抱き合って眠るような関係にはなれないままだった。






「芝のつき合ってる“年上の人”って、清水外科の息子だよな?」
前置きのない断定的な問いに、南央はびっくり目で長沢を見返した。
昼食のあと珍しく図書室に誘われ、わざわざ人目を避けるように一番奥の資料棚まで来たのはそれを確かめるためだったのかと、朝から二人の態度が変だった理由と共に得心がいく。
南央の知る“清水俊明”が、長沢の言う人物と同一なのかどうかはわからなかったが、確信めいた響きと名字が同じことで、そうだったのかもしれないと思った。
沈黙したまま長沢を見つめる南央の反応は肯定と受け取られたらしく、硬い声が思いもかけない言葉を続ける。
「俺の乗る駅の近くで、芝が年の離れた男と一緒にいるのを何度か見かけたことがあって、気にはなってたんだ。“倍ほど年上”で、“オバサン”じゃなくて、“美人”つうか男前で、“食われたい”って、全部あの人に当てはまってるよな?芝、今朝もそいつと一緒だっただろ?俺、同じ車両に乗ってたのに、芝、そいつしか見えてないみたいで全然気が付かないし」
まるで弾劾されているような気分になってしまうのは、少なくともこのクラスメートたちに南央の性癖をカミングアウトするつもりはなかったからで、差し迫った危機よりも、今後のことを思って憂鬱になった。
「……長沢、その人と知り合いだったりする?」
「知り合いじゃないけど、俺の母親がそこの病院にかかってたし内情にも詳しいみたいで、息子の顔も知ってたんだ。俺、今朝は母親と一緒だったから、芝の方が気になって見てたの気付かれて、“清水先生のご長男はやっぱり男の子の方がいいのかしら”って言われてびっくりして……聞いてみたら、あそこの院長、腕はいいけど女癖が悪いって有名らしいし、息子は2回も離婚してるっていうし、芝も遊ばれてるとか騙されてるとかじゃないかって心配になって」
両側を長沢と庄野に挟まれた格好で席についた南央には、まるで逃げ道がないみたいに思えてくる。
南央は本当に何も知らなかったが、正直にそう言えば騙されているのではという疑惑がますます深まってしまいそうで、返事ができなかった。
「芝?余計なお世話だと思ってるのか?」
心配げな庄野に、そうではないと首を振る。
よく確かめもせずに口説いた自分が浅はかだったかもしれないと、今は悔やんでいる場合ではないと腹を括った。



「その“息子”の方の話って、バツ2ってことだけ?他にも何か知ってる?」
俊明には尋ねもしないで、本人の預かり知らぬところで詮索するような真似はするべきではないとわかっているのに、長沢が聞いた話を南央も聞きたいという欲求は抑えられなかった。
「最初に離婚したのは男に目覚めたからだとか、ヨリを戻してもまたすぐに別れたのはやっぱり男の方が良くなったからだとかって聞いたけど……」
「二回とも同じ人と結婚して離婚したってこと?長沢、その原因になった相手のことも知ってる?」
今も俊明の心に住んでいる人が去った理由を知ることができれば、南央の対応の何が拙いのかわかるような気がする。
「なんか、男か女か判断に迷うような外見だったって言ってたな。派手さはないけど美人で細身の十代の男だったらしいから、芝みたいなのが好みってことじゃないのか?」
そういえば、俊明につき合って欲しいと言ってみる気になったのは、南央のようなタイプが好みだと言われたからだった。なのに、“お預け”を食らわせられているのは、今の南央ではまだ若過ぎるということなのだろうか。長沢の言っているのはおそらく写真の人のはずで、十代といっても南央よりはよほど大人びて見えた。
「その人とは何で別れたのかな?」
「離婚した相手が妊娠してたことがわかって復縁したかららしいぜ。でも、そもそも合わないから離婚したんだから、子供ができたからって上手くいくもんでもなかったみたいで直に別れたらしいけどな」
「でも、また奥さんと別れたんなら、その人と元に戻ったんじゃないの?」
「普通は戻らないだろ?自分を捨てて前の嫁とやり直そうとした男だぜ?」
南央には恋愛経験がないから発想が単純なのかもしれないが、自分の元に戻ってきてくれれば受け容れてしまいそうな気がする。
「……そういうところが、別れた方がいいっていう理由?」
「それもあるけど、親が女グセが悪いっていうことは息子も遊んでるんだろうし、年も離れてるし……ともかく、俺らは芝が無事なうちに何とかした方がいいんじゃないかって思ったからな」
長沢と庄野が、少なくとも興味本位やからかい半分にこんなことを言い出したわけではなさそうなことは伝わってきた。
「遊んでるかどうかはわからないけど、俺には誠実だよ。“無事”どころか、俺が卒業するまでは“清い交際”しかしないって言われてるし」
「そうなのか?」
「言っただろ?“食われそうにない”って」
説得されそうな長沢と違い、庄野はいかにも胡散臭げだと言いたげな顔で、逆に南央を説得しにかかる。
「そんなの、油断させてるだけかもしれないだろう?そうじゃなければ、からかわれてるんじゃないのか?本当に好きでつき合ってるんなら、2年もストイックでいられるわけがないし。“清い”なんて言い訳だよ」
強い語調で言い切られると、真摯だと思っていた俊明の心象が、南央の都合のいい幻想だったように思えてくる。条例を盾にされれば南央が退くしかないとわかっていて、いたずらに期待だけさせて突き放されるのも、からかわれていたからなのだろうか。



「芝?」
心配げな声と共に、肩に手をかけられて我に返る。
物思いに沈むのは一人になってからでもできるのだから、今はできるだけ情報を貰っておくべきだった。
「……さっき言ってた病院って、どこにあんの?」
「知らないのか?芝の乗り換えの駅から徒歩5分内に、白い外壁のでっかい病院があるだろ?老健とかも併設してて、めっちゃ儲かってるらしいぜ」
「じゃ、実家がお金持ちってこと?」
「当然だろ?父親が医者ってだけでも高収入なのに、祖父さんは院長だからな。慰謝料や養育費払ったって、痛くも痒くもないに決まってる」
父と義母が必死になって働いている南央の家とはえらい違いだ。聞けば聞くほどに俊明との距離を思い知らされるようで辛かったが、もう知らないままでいることはできなかった。
「さっき長男って言ってたけど、他にも兄弟がいるの?」
「院長が他所で産ませた同い年の弟がいるって話だけど、認知はしてないらしいぜ。あと、まだ赤ん坊みたいな弟がいるって言ってたな」
それが、俊明の言っていた年の離れた弟なのだろう。今にして思えば、南央に話してくれたプライベートな話はそれだけだった。
「それだけ離れてたら、一人っ子みたいなものかな?」
「だろうな、大事な跡取り息子として育てられたんだろうし」
「じゃ、また結婚するのかな……?」
「たぶんな。跡継ぎも作らないといけないだろうし、政略結婚みたいのもあるだろうし、一生自由ってわけにはいかないんじゃないか?」
「ヘタすれば、芝がそれまでのツナギとかキープって可能性もあるよな」
庄野の言葉に胸がざわつく。
“ツナギ”でもいいと言ったのは、そういう意味ではなかったのに。
思考を遮るように鳴るベルの音に、昼休みが終わりそうな時間になっていることを知る。
「ごめん、俺、早退したいし、保健室に行ったって言っといてもらっていい?」
あまりにも突然、一時にいろいろ知り過ぎて、南央の頭も気持ちも追いついていなかった。受け止めて、整理するにはそれなりの時間がかかるのだろう。
「つき合おうか?」
相変わらず庄野は過保護で、気遣うように南央の顔を覗き込んできた。
「ううん。ちょっと一人になりたい」
親身になって心配してくれているとわかっていても、やっぱり線を引かずにいられない。二人とも、今のところは南央の性癖のことで偏見を持ったり態度を変えるということはなさそうでホッとしたが、覚悟はしておく方がいいと自衛してしまう。
「芝の荷物、纏めとくからな?熱がなくても、腹が痛いとか吐きそうとか、うまく言えよ?」
「うん。頑張ってみる」
先に出てゆく二人を見送ってから、南央も保健室に向かうことにした。


演技するまでもなく南央の体調は悪そうに見えたようで、平熱だったにも拘らず、早退の許可はすんなりと貰えた。
一度教室に戻り、教科担当に事情を話して、予め纏められていた荷物を持って出る。目だけで長沢と庄野に挨拶をしておいた。
帰る道すがらずっと、二人に言われたことを繰り返し反芻し、これまでの俊明の行動の不可解な場面を思い返し、分析しようとするほどに猜疑心は強くなっていく。
出会い方や、簡単に口説いたことから、南央のことを軽く思われるのは仕方のないことで、だからまともに相手にしてもらえないのだと考える方が自然だった。
別れる時に面倒がないよう、万が一ゴネられて法的な手段を取られても困らないよう、敢えて“清い交際”を貫いている、と考えれば俊明の慎重さにも納得がいく。
当人に確かめもせず、暴走する南央の思考は、一方的な結論を出してしまった。






土曜の夕方にもかかわらず手ぶらで訪れた南央に、ドアの外まで迎えに出て来た俊明は怪訝な顔をする。
いくら身一つで来ても問題ないほど南央のものが揃えられているといっても、一通りの用意をしてくるのが常だった。
長居をするつもりはないと先に断っておくべきかどうか迷っていると、ふいに腕が引かれ、やや強引に家の中へと引き込まれた。
「ナナ?何かあったの?そんな思い詰めた顔をして」
南央はよほど当惑顔をしていたようで、俊明は心配げに南央の目を覗き込んできた。
ここへ来るまでずっと、どう切り出そうか悩んでいたが、この流れで言ってしまえばいいのだろう。
「……話したいことがあるんだけど、いい?」
「いいよ。座って聞こうか?」
俊明は、南央の悩みに自分が関与しているとは思わないのか、ひどく気遣わしげに南央の背に手のひらを当て、ソファへと誘導した。
心配げな眼差しを向けられると話し難くなるのだとは気付いてもらえず、南央は小さく息を吐いて、覚悟を決める。
「……俊さん、大きな病院の跡取りなんでしょう?」
南央の問いに俊明は驚いたようだったが、答えに詰まるというようなことはなかった。
「大きいというほどでもないよ、個人病院だし。それに、僕は医者じゃないから跡は継がないよ」
「お医者さんじゃなくても、経営に携わったりとか、するんでしょう?」
「先のことは断定できないけど、たぶん関わらないと思うよ。僕には弟もいるし、一度免除されているからね」
「どうして、病院のこと黙ってたの?」
「別に隠していたわけじゃないよ、わざわざ話すようなことでもないだろう?僕は独立して自分の収入で生活をしているんだから、実家がどうでも関係ない」
俊明があまりにも“正論だ”という顔をして言い切るから、無性に腹が立った。意図的に教えていなかったのなら、隠していたのと一緒ではないのか。
「……知ってたら、口説かなかったのに」
しつこく口説いておいて言う台詞ではないが、それは本音だった。
出逢った頃は何とか俊明と“お近付き”になりたくて、まさか気安く口説いていい相手ではないかもしれないとは考えもつかず、必死に食い下がってしまった。
あの日、俊明のことを何も知らないのにそんなことを言っても大丈夫かと念を押されても、騙されても悔いはないと答えたのは南央だったのに、恨み言を言わずにはいられなかった。



隣合わせて座る二人の間には、相変わらず触れ合わない距離が置かれている。
俊明は考え込むような素振りのあとで、ゆっくりと言葉を選びながら南央に向き直った。
「ひょっとして、医療事故でもあったのかな?僕の知る限りでは、トラブルは父の女性関係以外は聞いたことがないんだけど」
「そういうんじゃなくて。俺は男だし、親は離婚してるし、そのうち秘書か何かが俺のことを調べて、つり合わないから別れろとか言いに来るんでしょう?」
最初に援交紛いのことを仕掛けてしまっただけに、南央がそういうことを常習的に行っていたとか、お金目当てだとかいう風に思われても、弁解するのは難しい。
「すごい想像力だね。それに、とんでもない偏見だ」
「自分の立場を弁えてるだけだよ。それに、俺はそういう格式のある家とか苦手だし」
「格式なんてないよ。ごく普通の外科医の家庭だよ」
それがもう普通ではないと、級友たちから俊明の実家の凄さを教えられたばかりの南央からすれば、“医者”イコール“セレブ”という図式が出来上がってしまった。
対照的に、南央の家庭はあまりにも庶民的だというのに。
不倫の代償は当人たちだけでなく、本来なら被害者のはずの南央にも重く圧し掛かっている。慰謝料と養育費は実母と姉妹に流れ、父と義母と南央の生活は慎ましい。
それでも、公立校に通っていればあまり気にならなかったのだろうが、まだ両親が離婚する前に実母に入れられた私立校の生徒は殆どが裕福な家庭の子供たちで、南央は少し卑屈になってしまっている。
別段、学校で表立ったいじめを受けているというようなことはないが、落差は何気ない会話の端々からも窺えるような気がして、つい劣等感を感じてしまう。
「……“普通”のレベルが違うんじゃない?俊さんちって、すごくお金持ちみたいだし」
今にして思えば南央が鈍過ぎたのだろうが、俊明とは住む世界が違うと感じたことはなかった。多少金銭感覚が緩くても、俊明は大人の男で、慰謝料や養育費まで払っていたとは知らずにいたから、独身ゆえの余裕があるのだろうと思っていた。
「父はそれなりに収入もあるんだろうけど、僕は独立しているんだから関係ないよ。僕はごく普通のサラリーマンだからね」
「……そんなこと言って、大きな病院とか製薬会社とかから縁談が来たりするんでしょう?俺みたいな毛並みの悪い子供を相手にする必要はなかったんだよね」
俊明はひどく驚いたようで、見たこともないほど表情を厳しくさせた。
「ナナは被害妄想が過ぎるよ。僕の親は家柄や生い立ちで僕の好きな人を否定するようなことは絶対しないし、僕もそんなことを気にしながら恋愛することはないよ。偏見を持っているのはナナの方じゃないのかな?」
そこまで言われても、以前と同じ気持ちで俊明を見ることはできず、その言葉を素直に信じることはできなかった。



「……もう、いいよ。どうせ、俺じゃ身代わりにもなれないんだし」
そんなことを言うつもりではなかったのに、投げやりな言葉が口をついた。
「ナナ、何の話をしてるの」
「ごめんなさい。しつこく口説いたの俺なのに、こんなことを言うのは間違ってるよね」
軽いつき合いでいいと言ったのは南央で、前の相手を忘れるまで待つと詰め寄ったのだから、今になって責めるのは筋違いだ。
「ナナ?僕はナナを誰かの代わりにしようと思ったことはないよ?」
肩に伸ばされた手を、反射的に避けた。
あの日、なりふり構わず口説く自分をみっともないとは思わなかった。俊明が南央を、たとえ本気でなくても恋愛対象として扱ってくれたら、身代わりでも何でも構わなかった。
いざって動いたせいで、デニムの後ろポケットから落ちそうになった財布を直そうと手をやったとき、大事なことを思い出した。
「俊さんには、これぐらい何でもないんだろうけど……」
もう返せる機会は今しかなく、あの日からずっと財布に入れたままにしていた5万を抜いてテーブルに置く。
「……ナナ、これをどうやって?まさか、また」
ウリをしたのではないかと疑われていると気付いて、ため息が出そうになる。結局、俊明の評価はそこに終始しているのかもしれない。
「違うから。お義母さんに貰った、ちゃんとしたお金だから。ずっと、返さなきゃって思ってたんだけど、遅くなってごめんなさい」
「ナナ?」
もうお説教を聞くのは嫌で、小さく首を振った。
衣類や洗面道具を揃えて貰ったこと、食事をご馳走になったこと、細かなことを言えばコンビニでの支払いに至るまで、俊明に作った借りは何ひとつ返していないが、どうせ南央が気にするほど俊明は何も感じていないのだろう。俊明にとっては大した額でなく、特別なことでもなく。
「まさか、別れるつもりじゃないだろうね?」
それ以外あるわけないと、言ってしまえない南央の肩を掴む手は痛いほどに力を籠めて、簡単には振り払えそうになかった。
俯く南央の顎へと伸ばされた手が、見られたくない表情を晒させようとする。
「ナナ?」
見つめ返すことはできず、逃れることもできずに、視線を伏せた。
「僕を好きになってくれたわけじゃなかったということかな?」
静かな怒りの滲む声が、南央に何も言えなくさせる。
なるべく好きにならないよう、感情をセーブさせるようなすげない態度を取っていたのは俊明の方だったのに。



「責任を取る約束だったね?」
緊迫した空気が、身じろぐことさえ躊躇わせる。
「それは、本気になったらっていう約束でしょう?」
そもそも、まともにつき合う気がないのならそんな約束をしないでくれれば良かったのにと、まだ南央は状況の危うさに気付かずにいた。
南央の肩を掴んでいた手が背に回され、俊明の腕の中に包み込むように抱きよせられる。この期に及んで、一気に距離を詰めようとする俊明の意図がわからず固まった。
「僕は本気だよ。本気じゃない恋愛なんて、したことないしね」
いつも穏やかな俊明の、いつになく強引な気配が怖くなって身を捩ると、一層強く抱きしめられる。
「……え」
そのままソファへと倒され、俊明の体に敷き込まれたような体勢が意味することに思い当たって愕然とした。
「いや」
思わず口走った言葉に、俊明が眉を顰める。
本能的に逃れようとした南央の、押さえ付けられた手首がビクともしないほどの、大人の男の力強さに怯えた。
「卒業するまでは我慢しているつもりだったけど、そんな悠長なことを言ってる間に逃げられてしまったら意味がないね」
自嘲するような笑みの浮かぶ唇が、南央に何も言わせなくさせる。
箍が外れるといけないからキスもしないと言っていたのは嘘だったのかと思うほど簡単に、俊明は今まで微塵も見せたことのない欲情を露にした。
弱々しく首を振る南央の頬を挟むように置かれた腕は檻のように威圧的で、覆うように重ねられた唇はひどく性急だった。
濡れた舌先が、咄嗟に閉ざした唇をなぞり、僅かな隙間から内側へと滑り込む。
自分のものではない舌の感触は想像以上に生々しく、戸惑う南央の口内を隈なく舐め、舌に絡み、捕まえる。
今の俊明には南央を思いやる余裕もないのか、甘く吸いつく舌は貪り尽くそうとするように執拗で、上手く対応できない南央の呼吸まで奪うようにキスが深まってゆく。
息苦しさに、頭の芯が鈍く霞んだ。
「っ……は」
酸素を求めて唇を離そうと思うのに、麻痺したように南央の自由にはならない。 溺れそうな不安に、俊明の背中にしがみついた。
「ん、う」
入り混じった唾液が口角から零れ、顎へ伝う。それを追うように舌が這い、唇が喉へ下ってゆく。
「ひゃぁ」
背を走る、覚えのない感覚に声を上げた。
反らした胸の先を、服の上から探り当てた指に摘まれ、爪先を立てられると、強過ぎる刺激が体の芯を突き抜ける。
「いや……何、で……っ」
自分の身に起きていることに頭がついていかず、わけのわからぬ不安に涙が溢れた。
涙声にハッとしたように、俊明が南央の首筋から顔を上げる。



こめかみへと流れる涙を拭い、乱れた髪を払う。
そうしてから南央の頬を包んだ俊明の手は不躾に、まるで無害さを装うことをやめてしまったみたいに色事めいた仕草で南央に触れてきた。
親指の腹で下唇を撫で、輪郭を割って中へ入ろうとする。
「……キスも、したことなかったの?」
否定的な問いかけに、南央は涙の滲む目で恨みがましく見つめ返しながら頷いた。
苦しげな表情をする俊明は、情欲と倫理観のどちらを優先するべきか迷っているのだろうか。
「だから、待ってくれてたんじゃなかったの?」
「そうじゃないよ。僕のものになると思っていたから、待っていられたんだ。逃げる気だと知っていたら、もっと早く全て奪っていたよ」
「やだ、そんな言い方……」
南央の知る俊明はそんな低俗で身勝手なことを冗談でも言うはずがなく、こんな風に理性を飛ばしてしまっていること自体、考えられないことだった。
「それなら、他に何できみを縛ればいい?監禁でもする?そんなことをして警察沙汰にでもなれば二度と会えなくなるかもしれないのに?」
「でも、高校生になるまでダメって言ってたの、俊さんなのに」
少しは先に進みたいと南央が焦れても、頑なに“お預け”を貫いてきたのは俊明なのに、南央が諦めようとした途端、“全て”と言われても困惑してしまう。
「高校生になるまでって、まさか、ナナは中学生ってこと?」
呆然と南央を見下ろす眼差しが、動揺で見開かれる。
「そうだよ?」
何を今更、と訝る南央に、俊明は愕然としたようだった。
「でも、授業料って……ああ、そうか、晴嵐は私立だったね。ナナはしっかりしているから、まさか中学生とは思いもしなかったよ」
「じゃ、俺のこと、高校生だと思ってたの?」
「そう思い込んでいたよ。一応、確認しておくけど、ナナは今14歳?」
「うん」
「参ったな……ナナが高校生でも犯罪だと思ってたのに、中学生じゃ、僕は凶悪犯だね」
神妙な顔をして、俊明は南央の上から体を退かせた。
ややあって、南央に手を貸して体を起こさせ、いつも以上の距離を取って隣へ腰掛ける。どうやら、“やる気”はすっかり殺がれてしまったようで、俊明は考え込むように両手を額の前に組んで黙り込んだ。



「……しないの?」
聞くまでもないと思いながら、一応尋ねてみる。
俊明は、顔を上げないままで首を振った。
「さすがに義務教育も終わっていない子に“淫行”を働くわけにはいかないよ」
「ふうん」
中学生だろうが高校生だろうが、“つば”を付けておかなければ逃げられるという危険性は同じではないのだろうか。
深く息を吐いて、居ずまいを正し、乱れたシャツの裾を整え、伸びかけた長めの髪をかきあげる。
気を落ち着けようと南央がしたことは俊明の気を逆撫でしてしまったようで、また空気が緊迫感を帯びてゆく。
「まさか、しないなら別れるというつもりじゃないだろうね?」
ついさっき、他に繋ぎ留める方法がないような言い方をしたくせに、中学生だとわかった途端にあっけなく翻す心理がわからない。
答えない南央に、俊明は心底困ったような顔をする。
「ナナ?僕がきみにこれ以上のことをしないのは、“したくない”からじゃなくて、“してはいけない”気がするからだよ?」
言い訳がましいと思う反面、これまでの俊明の倫理観を考えれば仕方のないことだとも思う。南央の年齢を実際より3歳も年上だと思っていてさえ、卒業するまでは何もできないと思っていたような男が、もっとずっと幼いと知って、先に進めるはずがなかった。
頭の片隅で、やっぱり南央の最初の男は幼馴染みになってしまうのかもしれないと、予知めいた考えが過る。
気が殺がれたのは南央も同じで、もう何が何でも今すぐ別れなくては、みたいな強迫観念は薄れていた。
「……どっちでもいいよ。どうせ、そのうち俊さんは女医さんとか、取引先の社長令嬢とかに気に入られて結婚するんだろうし」
「その決定事項みたいな言い方は何なのかな?僕にはバツが二つもついてるのに、もう縁談なんて来ないよ」
俊明は本気でそう思っているようだったが、級友に聞いた話や南央個人の印象から考えても、とても同意する気にはなれなかった。
「そんなことないでしょう?俊さんはまだ若いし、家柄もいいし……跡継ぎだって要るんだろうし、放っておいてくれるとは思えないよ」
良くも悪くも、いつまでも“自由”でいられるような立場ではないはずだ。



「僕にはもう子供がいるよ」
意を決したように話す俊明に、それらしいことは聞いて知っているとは言えず、微妙な顔をすることしかできなかった。
「ごめん。話してなかったけど、僕の幼い弟というのは、戸籍上は僕の嫡出子ということになってるんだ。最初に離婚してから半年と経たないうちに、奥さんだった人の妊娠が発覚してね。もう一度籍を入れて認知もしたんだけど、実は僕の子供じゃなくて、僕の父の子供だったんだよ。それがわかったとき母と相談して、認知は取り消さずに父の養子という形を取ったから、戸籍上も遺伝的にも、僕の弟なんだ。だから、もう跡継ぎはいるから、そんな心配はいらないよ」
告げられた言葉の重大さに、すぐには対応できなかった。本当に、俊明は大事なことを何も、南央に教えてくれていなかったのではないだろうか。
言葉にしなくても、責める気持ちが面に出てしまっていたのか、俊明はバツが悪そうな顔をする。
「黙っていて悪かったよ。でも、ナナが最初に僕のことを何も知らなくても構わないみたいな言い方をしていたから、敢えて不利なことを話す勇気が出なくてね」
確かに、騙されてもいいとまで言ったのは南央で、今になって責められた立場ではないのだったが。
「……俺も、助けて貰ったの運命みたいに思い込んで、勝手に盛り上がっちゃってたかも。最初はホントに、つき合ってくれるだけでいいって思ってたんだ。なのに、いつの間にか欲が出てきて……」
俯きかけた南央の頬へ、俊明の手が躊躇いがちに伸びてくる。もう無害とは言えないが、慈しむような優しさで南央を包み込む。
「僕は最初から軽い気持ちじゃなかったよ。ナナに出逢う前にいろいろあって恋愛するのは億劫になっていたし、ナナみたいに若い子が相手だと慎重にならざるを得なくてね。好きになるほど、自重しなくてはいけないと自分を諫めるのに骨が折れたよ」
「うそ……そんな感じ、全然……いつも、俺には興味ないみたいな顔して」
それこそ、真剣に俊明のことを“不能”なのではないかと心配してしまうくらいに。
「だから、なるべく感情を抑えるようにしていたんだよ。それでも、我慢できなくてナナを帰さなかったこともあっただろう?」
「でも……結局、一緒に寝るだけで何もしなかったし、したそうな感じでもなかったし」
だから、南央では無理なのだといじけてしまっていたのに。
「寝ている間に抱きしめていたこともあったよ。さすがに意識のないときまで自戒することはできなかったみたいでね。だから、理性を飛ばさないよう、“溜めない”ことにしているよ」
意味有りげな最後の言葉を正しく解読することはできなかったが、俊明にとっての南央も、全くの“無害”ではなかったようだと知って、少し報われたような気がした。



「俺、俊さんに好かれてると思っていいのかな?」
まだ確信が持てずに尋ねる南央に、俊明は少し大げさなくらいに熱っぽく答えを返してくる。
「好きだよ。僕はとっくにナナを好きになっていたよ」
そう言いながら、俊明はもう南央を抱きしめてくれそうにはなかった。
「……でも、何もしないの?」
「忍耐力が持つ限りは、そのつもりだけど」
そうして南央が無事に卒業すれば、ゴールは更に先送りにされるのだろうか。
「卒業したら、また3年、先に延ばすの?」
「あと1年9ヶ月が我慢できそうにないのに、その先3年も延ばせるかな……」
苦笑しながらも俊明の表情はどこか余裕を感じさせて、口で言うほど難しいことではないのだろうと思った。
きっと、“忍耐力”は俊明ではなく、南央の限界を指しているのだろう。南央が現状に甘んじていられれば、つき合いは続いてゆく。
「ナナはまだ別れようと思ってるのかな?」
「俺の忍耐力が持たなかったら、そうなるのかも」
「だめだよ、“やっぱり嫌”は聞かないと言ってあったはずだからね」
当然のように却下されて初めて、その重大さに気付かされた。
「……それって、俺の意思では別れられないってこと?」
「そうだよ。“責任”を取る約束だったね?」
「責任って、そういう意味だったの……?」
“本気”の恋愛をしていても、その先に別れが待っていることだってあるはずなのに、南央からの別れは聞き入れないという傲慢さに眩暈がする。
「確認は取ったはずだよ?僕はもう、好きな人を手放すつもりはないからね」
否と言わせない強気に日頃とのギャップが相まって、反論する無意味さを思い知らされる。
南央が“最初の”相手に選んだ男は、“最後の”相手にもなるつもりらしい。
「……じゃ、俺も言っとくけど、最初の期限を越えたら知らないからね?」
約束は俊明とだけ交わしたものではなく、変更がきかないというなら、南央の友人もそれに倣うと言うだろう。
「そこまで持つかどうかも怪しいけどね」
自嘲気味に吐き出される言葉が本音ならいいと思いながら、南央は結論を出すのはもう少し先に送ることにした。



- Someone else like me - Fin

Novel


☆晴嵐・・・中高一貫の私立校という設定です。地名を借りていますが、もちろん架空の学校です。
☆ほんとの相場(売春の)は知らないのですが、とある記事の価格を参考にして書いています。
☆どうでもいいことですが、俊明の実家は“外科”ということにしておきました……。
統一しなければという気持ちはあるのですが、全部を訂正するのは無理かもしれません、ごめんなさい。
☆設定上の県の青少年の健全育成に関する条例を引用します。
(青少年とは6歳以上18未満の者をいい、婚姻した女子を除く。)
・条例で定めるものは、性交またはこれらに類する性行為で、次のいずれかに該当するもの/
男女間の性交または性交を連想させる行為、ごうかんその他の陵辱行為、
同性間の性行為、変態性欲に基づく行為
・淫行行為等の禁止/何人も、青少年に対して淫行やわいせつな行為をしてはいけません。
何人も、青少年に対して淫行やわいせつ行為を教えたり、見せたりしてはいけません。