- Sweet & Sweet -



「夜は時間ないかもしれないし、先に渡しておくね」
里桜がダイニングテーブルの上に置いた、可愛らしくラッピングされた丸い箱を、義之は訝しげに一瞥した。
朝食を済ませ、ほぼ身支度も終えた義之は食後のコーヒーを飲みながらゆったりと寛いでいたはずなのに、何故こんなにも緊迫した空気になってしまったのだろうか。
カップを脇に避けると、義之は身を乗り出すようにして里桜の手を掴んできた。
「時間がないって、どういうこと?」
バレンタインデーにチョコレートを差し出されて、そんな不機嫌な顔になる理由がわからない。甘いものに目が無い里桜なら、一気にテンションを上げてしまうところなのに。
「義くん、今週は忙しいって言ってたでしょ?あまり遅くなったら、俺、待ってられないかもしれないし」
日頃から義之は家庭を優先してくれているが、だからといって、たかだかバレンタインくらいで早く帰って来るとは思っていない。
「いくら忙しくても、一緒に食事できるくらいの時間までには終わらせるよ。バレンタイン限定ディナーの予約だって入れているんだからね」
当然、という態度に暫し呆然としてしまった。
改めて、義之は抜かりがないというか、イベント事に固執するタイプだったことを痛感させられる。

「まさか、きみの方に予定が入ってるなんてことはないだろうね?」
握られた手の力強さにハッと我に返り、また良からぬ想像を巡らしかけているらしい義之の誤解を解くべく急いで言葉を返す。
「俺には義くんだけだよ。ただ、外食する予定だったんなら、もうちょっと早く言っておいて欲しかったなあ……俺、今晩はビーフシチューって決めてたんだ」
「ごめん、きみもそのつもりでいると思い込んでいたんだよ。確認しなかったのは悪かったけど、きみはイベント事を蔑にし過ぎなんじゃないのかな?クリスマスだって実家に行こうとしていたし、もうちょっと意識しておいてくれないか」
「ごめんね、今度から俺もちゃんと聞くようにするね」
本音を言えば、クリスマス時期は忘年会や仕事納め前で予定が詰まっているだろうと思って義之に気を遣わせないようしたつもりが、逆に気を悪くさせる結果になってしまったのだった。

「今日は僕に付き合って貰っていいのかな?」
「うん。どこに行くの?俺、何着て行ったらいい?」
「普段着で構わないよ。レークサイドだけど、食事だけだからね」
「え、ホテル?」
さすがに普段着では拙いだろうと思って聞き返したのだったが、義之は里桜が驚いた理由を違った風に取ったようだった。
「部屋は取っていないよ、僕もまだ捕まりたくないしね」
「なっ……」
場所がどこであれ、とっくに深く濃い関係になっているものを、今更恥ずかしがるのもおかしいのかもしれないが、義之が意味ありげに見るから、余計に照れくさくなってしまう。
「本当に、きみは可愛いね。このままベッドへ逆戻りしたいくらいだよ」
臆面もなくそんなことを言う義之は、口で言うほど罪の意識は感じていないようだった。家でも外でも、未成年相手に“イケナイコト”をしようとしている事実に違いはないのだったが。

「も、早く出ないと遅れちゃうんじゃないの?」
義之が記憶を失くしてからというもの、どうしても強く出られない里桜は、ささやかに返した。
「キスをする時間くらいはあるよ」
手を握ったまま椅子から立ち上がった義之が、テーブル越しに里桜に顔を近付ける。
抵抗している時間がないというのは勿論言い訳で、里桜は甘んじてその唇を受け入れた。



- Sweet & Sweet - Fin

Novel


2011.2.14.update

たぶん、緒方家は毎日こんな感じなのだろうなあと……。
もうちょっと甘くても良かったかもと、ちょっとだけ後悔。