- おとこのこ -



「花火と言えば、やっぱり浴衣だろう?」
里桜が同意しないはずがないと確信しきった義之の腕には、淡いピンク地にしだれ花の華やかな浴衣が掛けられている。
もちろん、それに合わせた帯や小物に至るまで全て揃えられていて、後は着るのを待つばかりという状態だ。
部屋には義之と里桜の二人きりで、一般論として話しているわけではなく、つまりはそれが里桜のために用意されたことは間違いないのだった。


元の鞘に納まってからというもの、義之はやたらと恋人らしいことをしたがるようになったと思う。
里桜の夏休み中にある夏祭りや花火大会もかなり楽しみにしているようで、少々遠出をするものに至るまで、予定が合う限り行く予定を立てている。


「浴衣はいいけど、それって女物でしょう? 知ってると思うけど、俺、男だよ?」
我ながら、なんで今更こんなことを言わなければならないのかと情けなくなるが、義之は本当にわかっていないような言動を取るのだから仕方がない。
「でも、きみはいつも女性ものの服を着てるよね?」
「いつもってことは……俺、体が小さいから男物だとサイズがないし、あんまり似合わないし……」
似合いもしない服のサイズ直しをしてまでメンズに拘る必要がないと思っているだけなのに、義之には言い訳にしか聞こえなかったらしい。

「だから、いつも女装してるんだろう?」
「は……?」
「可愛いし、似合ってるし、いいと思うよ」
理解がある、という態度を取られても、少なくとも、里桜本人に“女装”の自覚はないのだったが。

「俺、スカートとか穿いたことないし、女装ってことは……」
「そうなの? てっきり、そういう趣味なんだと思ってたけど」
かつての義之にも、隣家の二人にも、里桜は女装趣味だなどと言われたことがなかったから失念していたが、学校での里桜の評価はそれに近いものがあるのだった。

「普段の服装が女装かどうかは置いといて、せっかく用意したんだから着て欲しいな」
お願い的な台詞に反して、義之の押しは強く、とても嫌だとは言い出しにくい雰囲気になっている。
「でも、俺、浴衣の着方とかわからないし、帯も結べないし」
「大丈夫だよ、僕が着せてあげるから」
だから、どうあっても着替えさせるつもりだという勢いの義之に、これ以上どう抗えばいいのか。
着物や小物類一式(里桜には必要のない髪留めや巾着に至るまで)に加えて、着付けまで習得しているとあっては、言い逃れのしようがない。そうでなくても、口でも義之に敵わないのはわかりきっているのに。
これ以上無駄な労力を費やすことは諦めて、里桜は私生活においては初めて女装をすることになった。


「想像していた以上に似合うね。本当にきみは可愛いから着せがいがあるよ」
満足げな義之に、里桜は半ば自棄になってポーズを取って応える。もちろん、カメラを構えた義之に促されて已む無く付き合っているだけなのだけれども。

やや頬を引きつらせながら笑顔を作っている里桜は、いっそ、早く出掛けてしまいたいと現実逃避するあまり、義之が次の“衣装”を画策していることに気付かなかったのだった。



- おとこのこ - Fin

Novel


2012.8.12.update

今を逃すとまたお蔵入りになってしまうので、とりあえずアップしておきます。
義之に指摘されるまで自覚がないのもどうかと思いますが、里桜はいわゆる男の娘ってやつですよね……。