- Happy New Year 24 -



湿った髪が、紫の首筋に触れる。
いつの間にか眠りに落ちてしまっていた意識は、慣れ親しんだその気配を察して、徐々に覚醒してゆく。

「起こしてしまいましたか?」
自室のベッドを背凭れにして床に座り込んでいた紫の隣に、並んで腰を下ろした黒田が肩に寄り添ってくるのに気付いて、つい邪険に押しのけてしまう。
「……凭れるなって。重いだろ」
紫の制止は逆効果だったようで、黒田は覆い被さるように体を密着させてきた。
「私は31日まで仕事だったんですよ? 少しは労ってくださっても良いと思うんですが?」
年内に既に3日も休日を過ごした紫と違って、年の明けた今朝まで仕事だった黒田は大変だっただろうと思う。
いくら黒田がタフだとはいえ、年末の連勤で疲れが溜まってきているようだと気付いていなかったわけではなかったが。
それでも、素直に黒田を甘やかしてやる気にはなれなかった。

「俺も、ほぼ一晩中起きてたし」
夜勤の黒田を、夜を明かして待つのももう慣れた。疲労をアピールしながら、必ず紫を求めてくることもわかっている。
「私は仕事だったんです。しかも当番週が重なってましたから、いつも以上に忙しかったですし」
「そういや帰るの遅かったよな」
黒田が帰るまで待っているつもりが、うっかり寝入ってしまうほどに。
「夜中に救急で入院がありましたので、申し送りに時間がかかったんです。1日の出勤者も少ないですから、こちらの都合を優先させるわけにもいきませんし」
世間的には年末年始は長期休暇に入っている者が殆どで、最低限の人数でシフトを回しているのだろうというのは容易に想像がつく。

「救急って、やっぱ救急車で来んの?」
「状態によっては警察官と一緒に来ることもありますよ」
「え、何で?」
「暴れて手に負えなくなったりすると通報されるでしょう? 今日の患者さんは薬の過剰服用でご家族だけでしたが」
「じゃ、こんな時間になっても、まだマシな方?」
「そうですね。何もないのが一番ですが、結果としても大事には至りませんでしたし、午前中に紫さんに会えましたし、良い方だったと思っておきます」
酷い時には昼過ぎまで居残ることもあるのだから、12時前に紫の部屋に訪れているのは(おそらく、その前に階下で両親に新年の挨拶をして風呂を使ってきたことを考慮すると)、年の初めとしては幸先がいいと考えるべきなのだろう。

「疲れてるんなら先に寝る? 腹へってるんなら、お雑煮作ってもらえばいいよ。軽いものが良かったら、年越しそばも置いて貰ってるし」
黒田の部屋の安全性が信用できないものになって以来、黒田は紫の実家へ足繁く通っている。
なぜか歓迎ムードの母と、好青年を演じる努力を続けている黒田は意外に上手くつき合っていて、紫は少々複雑な思いをしているのだった。

「もちろん、先に寝させていただきます」
考える素振りも見せずに紫の腰を抱き寄せる黒田は、もしかしたら既に母に同様のことを問われ、もてなされた後だったのかもしれない。
すかさず膝枕の体勢を取られても、自室だという紫の気の緩みも相まって阻止できなかった。
「だ、誰が膝を貸してやるって言ったよ? 寝てないのは俺も一緒だって。寝るんならベッドに上がれよ」
嘗てのように黒田の部屋ではなく、紫の実家で仕事が終わるのを待つようになってからというもの、泊らせるのはおろか、一緒のベッドで横になることも避けている。
とはいえ、さすがに今日は眠るなと言うわけにもいかず、何気なく口にしたに過ぎないのに、黒田は自分に都合の良いように受け取ったようだった。

「今年から解禁ですか?」
紫の顔色を窺う黒田が、妙に気まじめな顔をするから、軽く流すこともできない。

「うちではダメって言ってるだろ、お互い寝てないから睡眠取るだけ」
「でも、紅さんは昼食までは誰も二階には来ないようにすると仰ってましたよ。碧さんも初詣に出掛けているそうですし」
いつの間にやら母親の了承まで取っている黒田の根回しに呆然としているうちに、紫が誘ったベッドの上へと引き上げられる。
当たり前のように組み敷かれてしまえば、もう無下にはできそうになかった。

「……親公認じゃ、しょうがないよな」
結局、いつも折れるのは紫の方だと思いながら呟いた言葉に、黒田は心底嬉しそうな顔をする。
もしかしたら、黒田が後藤家に婿入りする日もそう遠くないのかもしれなかった。



- Happy New Year 24 - Fin

Novel  


2011.12.30.update

黒が紫の母親を名前呼びするのは、“お義母さん”と呼ぶことを紫と碧が断固拒否したかららしいです。
ちなみに、黒は紫の母に“黒ちゃん”と呼ばれているようです。

☆当番週/救急の受け入れ先の病院、週単位で当番が回ってきます。