- Honey Sweet Darlin'.5 -



「おかえり」
軽い足音を立てて玄関へ走ってきた恋人の、顔を見た途端に張り詰めていた気が解けてゆく。
「ただいま、里桜。今日も可愛いね」
「……どうしたの?義くん、どっか痛いの?」
里桜は驚いたように大きな瞳を瞬かせて、義之の体調を窺うように見上げてきた。思ったことが自然と言葉になったのだったが、ちょっと態とらしく聞こえてしまったのかもしれない。
「今日はちょっとヘコむことがあってね。里桜の顔を見て癒されたいなあと思ってたんだよ」
首を傾げるようにして義之を見る里桜の、肩に覆い被さるようにして抱きしめる。
「どうしたの?」
「……ちょっと、苦手な顧客の所に行かないといけなくなってね。神経を遣い過ぎて疲れたんだよ。早く里桜に元気を補給してもらいたいな」
「疲れたんなら、甘いものでも食べる?」
里桜が希望だと言ったつもりだったが理解できなかったらしい。
「里桜がいい」
もう一度、はっきりと言い切って、里桜の頬を撫でるようにして両手で包んだ。逃げられない体勢を作ってから囁く義之に、里桜はきょとんと見上げてくる。
「俺は甘くないよ?」
「里桜は甘いよ、知らないの?」
うん、と答える唇をそっと塞ぐ。応じるように、里桜の腕が義之の首へと回された。軽く触れては離れるキスを何度かくり返し、緩んだ唇の中へ忍んでゆく。躊躇いがちに触れてくる舌に舌を絡ませて優しく吸う。つま先立つ里桜の体が揺らぐのを、背中から支えるように抱きしめた。吐息まで奪ってしまいたい思いを抑えて、穏やかに求め合う。
「……俺、甘い?」
薄く色付いた唇が離れると、潤んだ瞳で義之を見上げた。濡れた唇も、少し乱れた息も、幼さを留めた仕草も、全てが甘く誘っているようだというのに、本人には自覚はないらしい。里桜の実家にいるのでなければ、とっくに理性は切れてしまっていたに違いないというのに。
「すごく、ね」
もう一度唇を啄む。誘惑に抗えなくならないうちに、頬を染めて視線を落とす里桜の肩を促した。
誰もいないリビングに入ると、里桜は義之が脱いだ上着を受け取りながら、窺うように覗き込んでくる。
「コーヒーでも淹れようか?」
「コーヒーより、膝を貸してくれないかな?」
「うん?膝なんてどうするの?」
いつも、膝にしろ胸にしろ、凭れかかる場所を提供するのは義之の役割だったせいか、里桜にはすぐにその意味がわからなかったらしい。
「先に座って?」
「うん?」
ソファの端に里桜を座らせてから、少し離れた位置に腰を下ろす。やや狭い膝へと頭が乗るように体を倒した。
「義くん、眠いの?」
“甘い”と言った言葉を撤回したくなるくらい、素に驚く里桜には苦笑させられてしまう。
「今日は疲れたから里桜を補給中なんだよ、少し我慢してくれないかな?」
「いいけど、なんか、ヘンな感じ」
「何が?」
「いつも下から見上げるばっかだから、義くんを上から見るのが新鮮っていうか」
「時々してくれないかな、膝枕」
「ああ!そっか、俺の膝に乗りたかったんだ?」
嬉しそうに笑う里桜に、ニュアンスが違うと言うのはやめておいた。
「……まあ、そういうようなことかな」
「いいよ、いつでもしてあげる」
確かに、義之からしても、里桜を見上げるなどということはそうそうないことだった。あやすように義之の髪を撫でる里桜は、恋人というよりまるで母親のようだ。
「里桜」
腕を上げて、里桜の頬に触れた。問うように見つめてくる瞳を捕らえて、恋人の証明をせがんでみる。
「キスしてくれないかな」
「……どうしたの?今日の義くん、子供みたい」
口調ほど余裕はないらしく、里桜は頬を染めて視線を逸らせてしまった。
「里桜」
催促するように呼ぶと、背を屈めて、ほんの一瞬触れるだけのキスをくれた。たったそれだけで義之を幸せな気分にさせてしまう里桜は、やはり可愛くて甘い恋人なのだと思う。
「愛してるよ、やっぱり里桜は甘いな」
頬を撫でる手を嫌がるように、里桜は小さく首を振った。
「も、そういうこと、言ったらダメ」
真っ赤な顔を背けようとする恋人は、もしかしたら鈍いのではなく、とんでもなくテレ屋なのかもしれないと思った。



- Honey Sweet Darlin'.5 - Fin ( H19.5.20.up )

Novel


甘過ぎてこっちがテレてしまうので終わります……。
本編が甘くなかったぶん、こちらで発散してみました。