- Honey Sweet Darlin'.4 -



「里桜、本当に手伝ってくれなくていいから」
自分でも、咄嗟に里桜を止めた声の切実さに気付いていた。
里桜の実家の前で洗車をしようとしたこと自体が誤りだったのだと、後悔しても遅過ぎる。
「何で?一緒にした方が早いのに」
遠慮ではない響きを感じ取ったらしい里桜は、怒ったような顔で義之を見ていた。
「僕は車だけは人に触らせたくないんだよ、知ってるだろう?」
そうは言ったものの、特に車に思い入れなどない里桜には、義之のそういった感覚は理解できないだろうとわかっていた。もし里桜にも理解できていたなら、少なくとも道路に落としたスポンジをすすぎもせずに、義之の大切な愛車のボディを擦ったりしようとはしなかったはずだ。
「俺が車に触ったら気に入らないの?」
日頃はどちらかと言えば鈍いくらいなのに、何故こういうことだけは過敏に察知してしまうのだろう。
「そうじゃないけど、僕は自分の納得のいくようにしたいんだよ、特に黒いボディは傷が目立つからね」
「やっぱ、俺が触ると嫌なんでしょ」
端的な結論から言えば、そうなのだったが。
「里桜、じゃ、中を綺麗にしてくれないかな?そういうのは里桜の方が得意だろうし」
「いいよ。コロコロかけるの?中なら目立たないもんね」
「里桜」
嫌味な言い方が気に掛かる。決して機嫌を損ねたいわけではなかった。
「俺の方がワックス掛けるの上手なのに」
「フロアの掃除と車のボディを磨くのは全然違うんだよ」
思わず言ってしまった本音に、里桜の表情が強張る。
「……義くん、車と俺のどっちが大事なの?」
いつになく強気な口調に怯みそうになる。この場合は車だよ、なんて言ってしまったら取り返しのつかないことになってしまうのだろう。
「里桜と車を比べられるわけがないだろう?」
「車なんでしょ」
挑発的な視線が義之を見上げた。どうあっても明確な答えを言わせたがる里桜に、少し芝居がかった表情を作って答える。
「里桜より大事なものがあるわけないだろう?車は買い替えられるけど里桜はそうはいかないんだからね」
本当は、同じ車種を買ったとしても義之には同じものだとは思えないのだが、今は敢えて尤もらしい言い方をしておいた。
ささやかな嘘に、本心から納得したわけではないのだろうが、里桜が表情を和らげる。
「……わかった。じゃ、コロコロ取ってくるね」
聞き分けの良い返事にホッとする自分がちょっと情けなかった。もしかしたら、おとなげないのは義之の方なのかもしれない。
「ごめん、早めに終わらせるからもう少しつき合ってくれるかな?」
濡れた手では抱きしめることもできず、そっと唇を近付けた。
「……外でそんなことしてたら怒られるよ?」
テレたように目を伏せる里桜に、もっとちゃんとキスをしようとした体が固まってしまう。里桜より怖いものなど何もないと思っていたのに。
絶妙のタイミングでテラス窓から顔を覗かせる里桜の母に気付いて、義之は盛大なため息を吐いた。



- Honey Sweet Darlin'.4 - Fin ( H19.4.1.up )

Novel   


コロコロってカーペットとかラグとかを掃除するあれです。
カーペットクリーナーって言うんでしたっけ?
通称“コロコロ”。ドライフードの“カリカリ”と一緒で共通語ですよね??