- Honey Sweet Darlin'.3 -



「今日はカレーだよ」
玄関まで出迎えに来た里桜が上機嫌で夕飯をの報告をした。
甘いものに限らず食べる事が大好きな恋人は、食べ物の話をしている時が一番生き生きとしているような気がする。
「そういえば、里桜は辛いのは大丈夫なの?」
「うん。義之さんは辛いの好き?」
「好きと言うほどでもないけど、嫌いじゃないよ」
おそらく、甘党の里桜の作るカレーでは物足りないだろうが、それほど拘りがあるわけでもない。
「すぐに食べるよね?」
「いつでもいいよ。手伝おうか?」
「ううん。すぐ用意するから座ってて」
キッチンへと駆けていく里桜を目で追いながらテーブルにつく。
何でも器用にこなし面倒くさがりでもない義之には、食事の用意も特に苦になったことはなかったが、何もしないでいいというのがこんなにも快適だとは知らなかった。仕事から帰ると可愛い恋人が出迎えてくれて、ほどなく食事が出される。たまに後片付けは手伝ったりもするが、家のことは殆ど里桜がこなしてくれている。幼いことと頭がちょっと弱いことを除けば、里桜は理想的な恋人だと思う。
「ウーロン茶と水、どっちがいい?」
「僕は水の方がいいかな」
「じゃ、俺も水にしよ」
独り言のように呟きながら里桜がパタパタとキッチンとダイニングを行き来する。見ているだけでも微笑ましく幸せな光景だった。3度ほど往復して食事の用意が整うと、義之の向かい側の席に座る。
薄焼き卵で包んだご飯にかけられたカレーは、コロコロとかわいい形に切られた野菜がいかにも子供向けっぽい。濃い色のルーは辛そうにも見えるが、パイナップルが入っているあたりが里桜らしかった。
「いただきます」
向かい合って手を合わせて軽く頭を下げる。いつの間にか、男の子にしては行儀の良過ぎる里桜に合わせて、そんな風にきちんと挨拶をして食事を始めることことが定着していた。
ガラムマサラを大胆に振って、里桜がスプーンを口に運ぶ。少し辛そうな表情を見せる里桜に笑いそうになりながら、義之はそのカレーを口にした瞬間、思わずスプーンを落としそうになった。
「……里桜、もしかして激辛とか使った?」
「うん。やっぱりカレーはこのくらいじゃないと食べた気がしないよね」
意外と平気そうな顔は、無理をしているというわけでもないらしい。
「もしかして、辛いのも大丈夫だった?」
「うん。うちでは中辛なんだけど、義之さんは辛いの大丈夫かなあと思って」
できるなら、そういうことは作る前に尋ねて欲しかったが。
「ダメってことはないけど……すごく水が要りそうな気がするよ」
「ふうん」
鈍い恋人にはその意味は伝わらなかったらしい。辛そうな顔はしているが、むしろ嬉しそうにスプーンを運ぶ。
「里桜」
「うん?」
「僕は中辛くらいの方がいいかな」
意外そうな顔の里桜が信じられないことを言う。
「そうなの?大人なのに」
「好みの問題だから大人は関係ないよ。里桜は辛い方が好きなの?」
「うん。義之さん、ヨーグルト持ってこようか?」
「そこまでしなくても大丈夫だよ」
席を立とうとする里桜を慌てて止める。決して食べられないというわけではない。
「意外と子供っぽいとこ、あるんだ」
嬉しそうな里桜に複雑な気分になる。いつも義之との差を気にする里桜がそんな風に喜ぶ気持ちがわからないでもなかったが。そんな大層なことではないはずだったが、初めて里桜に優位に立たれたような気分にならないでもない。
その日のうちに、今後カレーは辛口までという約束を取り付けることになった。



- Honey Sweet Darlin'.3 - Fin ( H18.11.3.up )

Novel   


カレーにパイナップル、友達の家では定番なんだそうです。
酢豚にパイナップルさえ受け入れかねている我が家ではありえない……。