- Honey Sweet Darlin'-



「はい、おみやげ」
義之が手渡したケーキの箱に、里桜の表情がパッと華やぐ。幼い恋人はとにかく甘いものに目がなかった。
「ありがとう。開けていい?」
上目遣いで義之の顔色を窺う里桜には、もうケーキのことしか目に入っていないらしい。玄関先だということも、もっと大切なこともすっかり飛んでしまうほど。
「その前に何か忘れてないかい?」
“ただいま”のキスを催促する義之に、里桜がつま先立って顔を近付ける。義之が少し屈んで軽く唇が触れ合うと、せっかちな恋人はすぐに視線をケーキの箱に戻してしまった。
今にもテープを切って箱を開けかねない里桜に、まだ足りないと言ってキスをやり直すことは諦める。
「とりあえず部屋に行こうか?」
「うん」
里桜はおとなしく頷いて、期待に瞳を輝かせながらリビングに急いだ。
こんな時、義之はいつも複雑な気持ちになってしまう。本気で、里桜の一番は甘い物なのではないかという疑念を抱いてしまうからだ。
「も、開けていい?」
「いいよ。お茶にしようか?」
「わ、おいしそう」
開けた途端に、里桜が今にもかぶりつきそうな顔になる。
季節限定のショートケーキを適当に詰めてもらった箱の中には、林檎のパイにラフランスのタルト、季節のブリュレ、スウィートポテト、ムラサキモンブランが並んでいた。
蕩けそうな顔をする里桜に、素直に喜んでくれて嬉しいと思えない自分は大人失格かもしれない。
「里桜、ケーキと僕とどっちが好きなの?」
「え?」
つい、大人げない問いをしてしまった義之に、里桜が聞き間違いかというような顔をする。
「里桜は僕とケーキのどっちが大事なの?」
問いを重ねた義之に、里桜が一瞬置いて吹き出した。
「なに、ばかなこと言ってるの?」
「ばかなことじゃないよ、すごく大事なことだよ」
真面目に問う義之に、里桜は困った顔をする。
「義之さんって、時々信じられないこと言うよね」
「どうして?」
「じゃ、義之さんは車と俺、どっちが大事なの?」
「里桜に決まってるだろう」
「でしょ?俺も同じだよ」
常々、ちょっと頭が弱いのではないかと思っていた恋人の思わぬ答えに驚いた。確かに義之は愛車を大切にしている。少しの段差や傾斜にも気を遣い、狭い道路を対抗する時にもかなり慎重だった。もちろん、洗車を里桜に手伝わせたこともない。
「里桜にとってはランエボもケーキも一緒なのかな」
「一緒じゃないよ。ケーキの方が大事だもん」
愚問だった。里桜の優先順位は一番目が食欲、二番目に睡眠欲、義之はそれ以降なのだから。
「……里桜、僕は君の何番目かな?」
「何番目って、一番でしょ?」
「タルトよりも?ガトーショコラよりも?」
つまらないことを聞いているとわかっているのに、つい口調が厳しくなる。なのに、そんなつまらない問いに、里桜は真剣に悩んでいるようだった。
「義之さん、そんなの比べるのおかしいよ。義之さんは食べられないでしょ」
その理論もどうかと思ったが、義之が一番だと即答しない里桜に苛立つ。
「僕は他の何と比べても里桜が一番だよ。僕は里桜の何番なの?」
半ば脅迫になっているという自覚もないまま、里桜に詰め寄った。視線を足元に落として、頬を薄く染めた里桜が小さく呟く。
「そんなの、義之さんが一番に決まってるでしょ」
「里桜……」
思わず里桜をギュッと抱きしめた。情けないくらい頬を緩ませた義之を、里桜が明るい声で突き落とす。
「だから、もう食べてもいい?」
どうやら、ケーキの一位は揺るぎないらしかった。


- Honey Sweet Darlin' - Fin ( H18.10.8.up )

Novel   


毎度バカップルですいません……。
義之贔屓の方ごめんなさい。