- Honey×Honey.5 -



「……内腿が痛いー」
優生の肩口へ凭れかかった里桜が、独り言のように小さく洩らす。
そうでなくても、義之が記憶を失くして以来ストイックに過ごしてきた里桜にとっては久々の行為の名残が、そこはかとなく漂っているような気がして、優生を落ち着かなくさせているというのに。
「里桜は久しぶりだったんだもんな」
「それだけじゃなくて、俺、わりと体は柔らかい方だと思うけど、女の人みたいには開かないでしょって感じ?」
やや饒舌に喋るのは、里桜が元気になった証のようでホッとする。
とはいえ、今後、義之の束縛が厳しくなれば今までのように里桜と過ごすことが出来なくなる可能性が高く、軽い焦りを感じていた。
「裏側も攣ってるみたいな感じがするし」
まだぼやいている里桜の足へ、そっと手を伸ばす。
「マッサージしてあげようか?」
「え……ううん、いい」
優生の下心が見透かされたのか、里桜が大げさに腰を引く。
一日に二度までも里桜を強奪された優生としては、義之が会社に戻っている間に少しでもベタベタしておきたいというのが本音なのだったが。
とはいえ、それ以前に里桜に警戒されてしまっては元も子も無くなってしまうと思い直し、今はおとなしく引いておくことにした。
「義之さん、何時頃になるって?」
「早く帰るって言ってたけど、今の義くんの“早く”が何時くらいなのかわからないし……俺が実家に戻るまでは早くて10時だったから、8時か9時くらい?」
まだ義之の執着ぶりが元に戻っているという危機感が薄いのか、里桜の返事はどこか暢気に聞こえる。
どうしても外せない用でもなければ、里桜を残して会社に戻ったりしないだろうし、そんなにも重要な仕事が残っていれば、そもそも抜けて帰って来ることは出来ていなかったのではないかと思う。
「それって定時で帰るってことなんじゃないの?だったら、6時半くらいには帰って来るかもしれないよな?」
「え、そうなの?じゃ、急いでご飯の用意しなきゃいけないってことだよね?そんなすぐに帰ってくるなんて思ってなかったよー」
それは優生も同じで、里桜とまったり過ごすというわけにはいかないという現実にガッカリした。
「あ」
噂をすれば、というやつなのか、計っていたかのようなタイミングで鳴ったドアホンの音に里桜が敏感に反応する。
今日はこのパターンばかりで、もし義之なら三度目ということになり、いくら元の鞘に納まったばかりだといっても、ひどいのではないかと思う。
「俺が出た方がいいよね」
優生が行動を起こす前に、里桜が立ち上がる。
もう義之の機嫌を損ねたくないという思いからなのだろうが、止める間もなく玄関へと駆けてゆく。


「ゆいさん、ごめん、あっくんだった」
きまり悪げに戻ってくる里桜の後ろから、険悪なオーラを放ちながら淳史が近付いてくる。こんな早い時間に帰ってきたことにも驚いたが、わざわざチャイムを鳴らしたことに違和感を感じた。淳史はいつも、防犯を優先させるために自分の鍵で開けて入ってくることにしているようだったのに。
「……おかえりなさい」
戸惑いながら腰を浮かせかけた優生が立ち上がるのを待ち待ち切れないように、強い腕に引き寄せられる。
「手が離せなかったようには見えないんだが?」
包み込むように回された腕の中で、低い声が責めるように響き、言い訳がましいと思いながら、事実を答える。
「ごめんなさい、義之さんが里桜を迎えに来たのかと思ったから……」
「あまり構い過ぎるなよ?義之からクレームがきたぞ」
いつになく帰宅時間が早かったのはそのせいだろうか。黙って入ってこなかったのも、同じ理由なのかもしれない。
「避難して来なきゃいけないようなことをするからでしょ」
淳史に言うべき言葉ではないのに、つい感情が先走ってしまった。
「当人同士の問題だろうが。余計な口出しはするな」
「でも」
「いい気がしないと思っているのは義之だけじゃないぞ?」
囁くような小声でも、淳史の言いたいことは充分に伝わってくる。自主規制でおとなしく過ごしている優生に、なるべく制限をかけないようにしてくれていたことはわかっていた。
「ごめんね?俺の心配してもらってる場合じゃないみたいだよね」
里桜もそれを察したようで、二人から距離を取ったまま、遠慮がちに声をかけてくる。
束縛したがるのは何処も同じで、優生は今更のようにそれが他人事ではなかったことに気が付いた。



- Honey × Honey.5 - Fin

Novel    


本編『Difference In Time』終了直後を想定して書いています。
おまけとして同時に上げる予定だったのですが、
間に合わなかったのと、優生の視点で書いていたのでこういう形になりました。